(578字。目安の読了時間:2分) ――あしたの午前中は、ガレリア・ドリアにいるよ。サラチェニの模写をやっているんだがね、あの楽を奏でている天使に、僕はほれちゃったのさ。ぜひやって来てくれないか。君がこの土地へ来たのは実に嬉しいよ。お休み。」 それなり彼は出ていった――ゆっくりと落ちついて、力の抜けただるそうな歩きかたで。 次の月じゅう、僕は彼と一緒に市中を廻って歩いた。 あふれるば...
(638字。目安の読了時間:2分) 君が前に、その人から直接聞いたことのたしかめにすぎないんだ……」 そういって僕は、大勢の客がしゃべったり、手まねをしたりしているただなかで、あの夕方男爵令嬢が僕に語った言葉を、彼のために繰り返した。 彼はおもむろに額をなでながら、じっと聞いていたが、やがて、なにひとつ感動した色もなくこういった。 「どうもありがとう。」 彼の口調は、僕をまごつか...
(546字。目安の読了時間:2分) 僕が黙っているので、彼はこうつけ加えた。 「五年以来だからな――とてもやりきれやしないよ。」 僕等は今まで両方で避けていた点に到達したのである。 その時はじまった沈黙で、二人とも困りきっているのがよくわかった。 ――彼はビロオドのクッションに背をもたせたまま、大きな燈架を見上げていた。 やがて不意にいった。 「それよりも――ねえ君、許してくれ...
(573字。目安の読了時間:2分) そして彼は、僕と並んで一杯のソルベットオをすすりながら、この年月どう暮していたかを、物語りはじめた。 ――旅をして、たえず旅をして暮していたのだという。 チロオルの山々をへめぐって、イタリアの中を端から端まで、ゆっくり行きつくして、シシリアからアフリカへ渡ったという。 そしてアルジイルやチュニスやエジプトの話をした。 「しまいにしばらくドイツにいた...
(583字。目安の読了時間:2分) そして開け放された方々の扉から、時々、新聞売子の尾を長く引いた呼び声が、広間の中へひびいてくる。 と、不意に僕は、僕と同年配ぐらいの紳士が一人、ゆっくり卓の間をぬって、出口の一つへと進んで行くのを見た。 ……あの歩きつきは――? と思った時には、しかしもうその人もまた、僕のほうへ顔を向けて、眉をあげると、嬉しく驚いたように、「ああ」と声を立てながら、僕...
(603字。目安の読了時間:2分) どこかでたったひとりで死のうとして、いっさいから逃れ去ったのである。 そうとも、たしかに死ぬために違いない。 なぜなら、こうなった以上、もう二度と彼に逢わぬだろうということは、僕にとっては、すでに悲しい見込みになってしまったからである。 この不治の病にかかっている人間が、あの若い娘を、音立てぬ、火を吐くような、燃えるばかり肉感的な情熱で――その少年期...
(590字。目安の読了時間:2分) あのかたはおからだが悪い、大変悪いと両親は私に申しましてね――でも、お悪くてもなんでも、私あのかたを愛しておりますのよ。こんな風にあなたにお話ししてもかまいませんのね。私――」 令嬢はちょっとまごついたが、また前と同じく、きっぱりした調子でつづけた。 「あのかたが今どこにいらっしゃるか、私存じません。でも、あのかたにお逢いになり次第、あのかたが前に私自...
(610字。目安の読了時間:2分) 完全にいつもの平静を保っていて、両親のほうはパオロの急な旅立ちについて、しきりに遺憾の意を述べたのに、彼女はその時まで、まだ一言も僕の友だちのことを、言い出したことがなかったのである。 その時僕等は相並んで、ミュンヘン近郊中の、あの最も優雅な箇所を歩いていた。 月光が茂みをもれて、ちらちら輝いた。 そしてしばらくのあいだ、僕等は、そばを泡立ってゆく水...
(615字。目安の読了時間:2分) おや、あなた御存じないのですか――ホフマンは出立してしまったのですよ。あなたには知らせたろうと思っていましたが。」 「なに、一言半句知らせはしません。」 「じゃまったく ※ b※ton rompu(気まぐれ)なんですね……いわゆる芸術家気分というやつですか……それでは明日の午後に――」 そういったなり、男爵は馬を進めて、あっけに取られた僕を取り残し...
(579字。目安の読了時間:2分) それから小声で、自信ありげにいった。 「僕は幸福になるだろうと思っているよ。」 心から彼の手を握って、僕は別れを告げた。 実は内々、ある危惧を制することができなかったのだけれども。 それから数週間すぎた。 その間僕は、時々パオロと一緒に、男爵の客間で午後の茶を飲んだ。 そこにはいつも、小人数ながらずいぶん感じのいい連中が集っていた。 若い宮...