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君が前に、その人から直接聞いたことのたしかめにすぎないんだ……」 そういって僕は、大勢の客がしゃべったり、手まねをしたりしているただなかで、あの夕方男爵令嬢が僕に語った言葉を、彼のために繰り返した。 彼はおもむろに額をなでながら、じっと聞いていたが、やがて、なにひとつ感動した色もなくこういった。 「どうもありがとう。」 彼の口調は、僕をまごつかせはじめた。 「だけど、この言葉が話されてから、もう何年も経っているんだぜ。」と、僕はいった。 「五年という長い月日だ。あの人も君も、二人ともすごしてきた月日だ……いろんな新しい印象や感情や思想や願望や……」 僕はふと言葉をきった。 彼がきっと坐り直して、ちょっとの間消えたと思ったあの情熱に、また声をふるわせながら、こういったからである。 「僕は――その言葉を尊重するよ。」 そしてこの刹那、僕は彼の顔と全体の態度とに、いつか僕がはじめて男爵令嬢に逢うことになった時、彼に認めた、あの表情を読んだ。 あの無理強いの、ひきつるように張りきった静けさ、猛獣が飛びかかる前に示す、あの静けさである。 僕は話をそらせた。 話はふたたび彼の旅行のこと、旅中に描いた習作のことになった。 そうたくさんは描かなかったらしく、彼の口ぶりはかなり冷淡なものだった。 真夜中すこし過ぎに、彼は身を起した。 「もう寝たくなった。せめてひとりでいたくなった。――あしたの午前中は、ガレリア・ドリアにいるよ。
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