ブンゴウメール公式ブログ

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2020-10-20

出世(5/16)

(674字。目安の読了時間:2分) そんなに、ぼんやりとしていて大切な品物を容易に忘れてしまうようでは、俺は激しい世の中に立っては、とても存在していかれない人間ではあるまいかとさえ思われた。  彼は茫然とした淋しい情ない心持で、まず三田の車庫へ行ってみた。 が、そこにいた監督は「巣鴨の電車ならば、春日町の車庫か、巣鴨の車庫かへ、車掌が届けているでしょう。そんな風呂敷包なら誰も持って行かない...

2020-10-19

出世(4/16)

(639字。目安の読了時間:2分) その六、七百ページを、ことごとく訳し終って、所定の稿料を貰える日は、茫漠としていつのことだか分からなかった。 それでも彼は、勇敢にその仕事を続けていった。 その仕事をするほかには、金の取れる当ては、少しもなかったから、彼は毎日のように、厄介になってる家からは比較的に近い、日比谷の図書館へ行って、翻訳を続けてやった。  その翻訳が、やっと六、七十枚ぐらい...

2020-10-18

出世(3/16)

(647字。目安の読了時間:2分)  大学を出ても、まだ他人の家の厄介になっていて、何らの職業も、見つからないのに、彼の故郷からは、もう早くから、金を送るようにいってきていた。 大学を出さえすれば、すぐにも金が取れるように彼の父や母は思っていた。 またそう思わずには、おられなかったのだろう。 「譲吉が学校を出るまで」という言葉を、彼らは窮乏から来る苦しみを逃れる、唯一のまじないのように思...

2020-10-17

出世(2/16)

(635字。目安の読了時間:2分)  彼が田舎の中学を出て、初めて東京へ来た時、最初に入った公共の建物は、やっぱりあの図書館であった。 本好きの彼にとっては、場所にも人にも、何の馴染みもない東京の中では、図書館がいちばん勝手が分かるようであった。  田舎の中学生にありがちな、東京崇拝に原因しているいろいろな幻影が、東京における実際の建物、文物、風景、人物に接して、ことごとく崩れていってしま...

2020-10-16

出世(1/16)

(599字。目安の読了時間:2分)  譲吉は、上野の山下で電車を捨てた。  二月の終りで、不忍の池の面を撫でてくる風は、まだ冷たかったが、薄暖い早春の日の光を浴びている楓や桜の大樹の梢は、もうほんのりと赤みがかっているように思われた。  ずいぶん図書館へも来なかったなと、譲吉は思った。 図書館でゆっくりと半日を暮し得るほどの暇もなかった過去一、二年の生活が、今さらのように振りかえられた。...

2020-10-15

父帰る(15/15)

(592字。目安の読了時間:2分) 父   (まったく悄沈として腰をかけたまま)のたれ死するには家は要らんからのう……(独言のごとく)俺やってこの家に足踏ができる義理ではないんやけど、年が寄って弱ってくると、故郷の方へ自然と足が向いてな。 この街へ帰ってから、今日で三日じゃがな。 夜になると毎晩家の前で立っていたんじゃが、敷居が高うて入れなかったのじゃ……しかしやっぱり入らん方がよかった。...

2020-10-14

父帰る(14/15)

(597字。目安の読了時間:2分) お前や、たねのほんとうの父親は俺だ。 父親の役目をしたのは俺じゃ。 その人を世話したければするがええ。 その代り兄さんはお前と口は利かないぞ。 新二郎 しかし……。 賢一郎 不服があれば、その人と一緒に出て行くがええ。 (女二人とも泣きつづけている。新二郎黙す) 賢一郎 俺は父親がないために苦しんだけに、弟や妹にその苦しみをさせまいと思うて夜も...

2020-10-13

父帰る(13/15)

(603字。目安の読了時間:2分)   父   (憤然として物をいう、しかしそれは飾った怒りでなんの力も伴っていない)賢一郎! お前は生みの親に対してよくそんな口が利けるのう。 賢一郎 生みの親というのですか。 あなたが生んだという賢一郎は二十年も前に築港で死んでいる。 あなたは二十年前に父としての権利を自分で捨てている。 今のわしは自分で築きあげたわしじゃ。 わしは誰にだって、世...

2020-10-12

父帰る(12/15)

(671字。目安の読了時間:2分) 俺は十の時から県庁の給仕をするし、おたあさんはマッチを張るし、いつかもおたあさんのマッチの仕事が一月ばかり無かった時に、親子四人で昼飯を抜いたのを忘れたのか。 俺が一生懸命に勉強したのは皆その敵を取りたいからじゃ。 俺たちを捨てて行った男を見返してやりたいからだ。 父親に捨てられても一人前の人間にはなれるということを知らしてやりたいからじゃ。 俺は父...

2020-10-11

父帰る(11/15)

(583字。目安の読了時間:2分) あの時おたあさんが誤って水の浅い所へ飛び込んだればこそ、助かっているんや。 俺たちに父親があれば、十の年から給仕をせいでも済んどる。 俺たちは父親がないために、子供の時になんの楽しみもなしに暮してきたんや。 新二郎、お前は小学校の時に墨や紙を買えないで泣いていたのを忘れたのか。 教科書さえ満足に買えないで、写本を持って行って友達にからかわれて泣いたの...

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