(523字。目安の読了時間:2分) まあよかったと安心しながら、それを拾おうとすると、帽子は上手に僕の手からぬけ出して、ころころと二、三間先に転がって行くではありませんか。 僕は大急ぎで立ち上がってまたあとを追いかけました。 そんな風にして、帽子は僕につかまりそうになると、二間転がり、三間転がりして、どこまでも僕から逃げのびました。 四つ角の学校の、道具を売っているおばさんの所まで来る...
(486字。目安の読了時間:1分) 僕はせかせかした気持ちになって、あっちこちを見廻わしました。 そうしたら中の口の格子戸に黒いものが挟まっているのを見つけ出しました。 電燈の光でよく見ると、驚いたことにはそれが僕の帽子らしいのです。 僕は夢中になって、そこにあった草履をひっかけて飛び出しました。 そして格子戸を開けて、ひしゃげた帽子を拾おうとしたら、不思議にも格子戸がひとりでに音も...
(456字。目安の読了時間:1分) なんのこったと思うと、僕はひとりでに面白くなって、襖(ふすま)をがらっと勢よく開けましたが、その音におとうさんやおかあさんが眼をおさましになると大変だと思って、後ろをふり返って見ました。 物音にすぐ眼のさめるおかあさんも、その時にはよく寝ていらっしゃいました。 僕はそうっと襖をしめて、中の口の方に行きました。 いつでもそこの電燈は消してあるはずなのに、...
(563字。目安の読了時間:2分) もしや手に持ったままで帽子のありかを探しているのではないかと思って、両手を眼の前につき出して、手の平と手の甲と、指の間とをよく調べても見ました。 ありません。 僕は胸がどきどきして来ました。 昨日買っていただいた読本の字引きが一番大切で、その次ぎに大切なのは帽子なんだから、僕は悲しくなり出しました。 涙が眼に一杯たまって来ました。 僕は「泣いたっ...
(481字。目安の読了時間:1分) 眼をさましたら本の包はちゃんと枕もとにありましたけれども、帽子はありませんでした。 僕は驚いて、半分寝床から起き上って、あっちこっちを見廻わしました。 おとうさんもおかあさんも、何にも知らないように、僕のそばでよく寝ていらっしゃいます。 僕はおかあさんを起そうかとちょっと思いましたが、おかあさんが「お前さんお寝ぼけね、ここにちゃあんとあるじゃありませ...
(473字。目安の読了時間:1分) 「僕の帽子はおとうさんが東京から買って来て下さったのです。ねだんは二円八十銭で、かっこうもいいし、らしゃも上等です。おとうさんが大切にしなければいけないと仰有いました。僕もその帽子が好きだから大切にしています。夜は寝る時にも手に持って寝ます」 綴(つづ)り方の時にこういう作文を出したら、先生が皆んなにそれを読んで聞かせて、「寝る時にも手に持って寝ます。寝...
(448字。目安の読了時間:1分) 先生はにこにこしながら僕に、 「昨日の葡萄(ぶどう)はおいしかったの。」と問われました。 僕は顔を真赤にして「ええ」と白状するより仕方がありませんでした。 「そんなら又あげましょうね。」 そういって、先生は真白なリンネルの着物につつまれた体を窓からのび出させて、葡萄の一房をもぎ取って、真白い左の手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、細長い銀色の鋏(は...
(472字。目安の読了時間:1分) 僕はなんだか訳がわかりませんでした。 学校に行ったらみんなが遠くの方から僕を見て「見ろ泥棒の※(うそ)つきの日本人が来た」とでも悪口をいうだろうと思っていたのにこんな風にされると気味が悪い程でした。 二人の足音を聞きつけてか、先生はジムがノックしない前に、戸を開けて下さいました。 二人は部屋の中に這入りました。 「ジム、あなたはいい子、よく私の言っ...
(497字。目安の読了時間:1分) 僕はいつものように海岸通りを、海を眺めたり船を眺めたりしながらつまらなく家に帰りました。 そして葡萄をおいしく喰べてしまいました。 けれども次の日が来ると僕は中々学校に行く気にはなれませんでした。 お腹が痛くなればいいと思ったり、頭痛がすればいいと思ったりしたけれども、その日に限って虫歯一本痛みもしないのです。 仕方なしにいやいやながら家は出ました...
(489字。目安の読了時間:1分) あの位好きな先生を苦しめたかと思うと僕は本当に悪いことをしてしまったと思いました。 葡萄(ぶどう)などは迚(とて)も喰(た)べる気になれないでいつまでも泣いていました。 ふと僕は肩を軽くゆすぶられて眼をさましました。 僕は先生の部屋でいつの間にか泣寝入りをしていたと見えます。 少し痩せて身長の高い先生は笑顔を見せて僕を見おろしていられました。 僕...