(563字。目安の読了時間:2分)
もしや手に持ったままで帽子のありかを探しているのではないかと思って、両手を眼の前につき出して、手の平と手の甲と、指の間とをよく調べても見ました。 ありません。 僕は胸がどきどきして来ました。 昨日買っていただいた読本の字引きが一番大切で、その次ぎに大切なのは帽子なんだから、僕は悲しくなり出しました。 涙が眼に一杯たまって来ました。 僕は「泣いたって駄目だよ」と涙を叱(しか)りつけながら、そっと寝床を抜け出して本棚の所に行って上から下までよく見ましたけれども、帽子らしいものは見えません。 僕は本当に困ってしまいました。 「帽子を持って寝たのは一昨日の晩で、昨夜はひょっとするとそうするのを忘れたのかも知れない」とふとその時思いました。 そう思うと、持って寝たようでもあり、持つのを忘れて寝たようでもあります。 「きっと忘れたんだ。そんなら中の口におき忘れてあるんだ。そうだ」僕は飛び上がるほど嬉(うれ)しくなりました。 中の口の帽子かけに庇(ひさし)のぴかぴか光った帽子が、知らん顔をしてぶら下がっているんだ。 なんのこったと思うと、僕はひとりでに面白くなって、襖(ふすま)をがらっと勢よく開けましたが、その音におとうさんやおかあさんが眼をおさましになると大変だと思って、後ろをふり返って見ました。
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