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どこかでたったひとりで死のうとして、いっさいから逃れ去ったのである。 そうとも、たしかに死ぬために違いない。 なぜなら、こうなった以上、もう二度と彼に逢わぬだろうということは、僕にとっては、すでに悲しい見込みになってしまったからである。 この不治の病にかかっている人間が、あの若い娘を、音立てぬ、火を吐くような、燃えるばかり肉感的な情熱で――その少年期の、同じ種類の最初の衝動に釣り合った情熱で恋しているのは、明らかなことではないか。 病人の自主的な本能は、花咲くような健康と合一したい欲望を、彼のうちにあおり立てていた。 この熱望がみたされぬために、それは彼の最後の生活力を、瞬時に消耗してしまうに違いないではないか。 こうして五年経ったが、そのあいだ僕は彼からなんらの消息をも聞かなかった。 といってまた、訃報にも接しなかったのである。 さて昨年、僕はイタリアに――ロオマとその近郊に滞在していた。 暑い二三カ月を山間ですごした後、九月の末にこの町へ帰って来て、ある暖い晩、カフェエ・アラニョオで一碗の紅茶を飲みながら、坐っていた。 新聞を拾い読みしたり、灯の明るい室内を領している、にぎやかな営みを、ぼんやり眺めたりしていたのである。 客が往来する。 給仕がかけまわる。 そして開け放された方々の扉から、時々、新聞売子の尾を長く引いた呼び声が、広間の中へひびいてくる。
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