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そして開け放された方々の扉から、時々、新聞売子の尾を長く引いた呼び声が、広間の中へひびいてくる。 と、不意に僕は、僕と同年配ぐらいの紳士が一人、ゆっくり卓の間をぬって、出口の一つへと進んで行くのを見た。 ……あの歩きつきは――? と思った時には、しかしもうその人もまた、僕のほうへ顔を向けて、眉をあげると、嬉しく驚いたように、「ああ」と声を立てながら、僕のほうへやって来た。 「こんなところに来ているのか。」と、僕等はほとんど一緒に同じことをさけんだ。 そして彼はこうつけ加えた。 「じゃ、二人ともまだ生きていたわけだね。」 そういいながら、彼は眼を少しわきのほうへそらせた。 ――この五年の間に、彼はほとんど変っていなかった。 ただ顔がおそらくはなお細くなったのと、眼が前よりもっとくぼんだぐらいなものである。 ときおり、彼は深い溜息をついた。 「もう長いことロオマにいるんだね。」と、彼は問うた。 「町にはまだわずかばかりだ。田舎に二三カ月いたんだよ。君は?」 「僕は一週間前まで海岸にいた。知ってるだろう。僕はもとから山より海のほうがすきなんだ。……そうさ、君と会わなくなってから、世界中ずいぶんいろんな土地を見て歩いたよ。」 そして彼は、僕と並んで一杯のソルベットオをすすりながら、この年月どう暮していたかを、物語りはじめた。
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