ブンゴウメール公式ブログ

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2020-10-04

父帰る(4/15)

(590字。目安の読了時間:2分) 母   仕立物を持って行っとんや。 新二郎 (和服になって寛ぎながら)兄さん! 今日僕は不思議な噂をきいたんですがね。 杉田校長が古新町で、家のお父さんによく似た人に会ったというんですがね。 母と兄 うーむ。 新二郎 杉田さんが、古新町の旅籠屋が並んどる所を通っとると、前に行く六十ばかりの老人がある。 よく見るとどうも見たようなことがあると思って、...

2020-10-03

父帰る(3/15)

(540字。目安の読了時間:2分) 母   宿直やけに、遅うなるんや。 新は今月からまた月給が上るというとった。 賢一郎 そうですか。 あいつは中学校でよくできたけに、小学校の先生やこしするのは不満やろうけど、自分で勉強さえしたらなんぼでも出世はできるんやけに。 母   お前の嫁も探してもろうとんやけど、ええのがのうてのう。 園田の娘ならええけど、少し向うの方が格式が上やけにくれんか...

2020-10-02

父帰る(2/15)

(580字。目安の読了時間:2分) 母   けんど、一万や、二万の財産は使い出したら何の役にもたたんけえな。 家でもおたあさんが来た時には公債や地所で、二、三万円はあったんやけど、お父さんが道楽して使い出したら、笹につけて振るごとしじゃ。 賢一郎 (不快なる記憶を呼び起したるごとく黙している)……。 母   私は自分で懲々しとるけに、たねは財産よりも人間のええ方へやろうと思うとる。 財...

2020-10-01

父帰る(1/15)

(550字。目安の読了時間:2分) 人物  黒田賢一郎     二十八歳  その弟  新二郎  二十三歳  その妹  おたね  二十歳  彼らの母 おたか  五十一歳  彼らの父 宗太郎 時  明治四十年頃 所  南海道の海岸にある小都会 情景 中流階級のつつましやかな家、六畳の間、正面に箪笥があって、その上に目覚時計が置いてある。 前に長火鉢あり、薬缶から湯気が立ってい...

2020-09-30

秘密(30/30)

(527字。目安の読了時間:2分) 丁度道了権現の向い側の、ぎっしり並んだ家と家との庇間を分けて、殆(ほとん)ど眼につかないような、細い、ささやかな小路のあるのを見つけ出した時、私は直覚的に女の家がその奥に潜んで居ることを知った。 中へ這入って行くと右側の二三軒目の、見事な洗い出しの板塀に囲まれた二階の欄干から、松の葉越しに女は死人のような顔をして、じっと此方を見おろして居た。 思わず嘲る...

2020-09-29

秘密(29/30)

(609字。目安の読了時間:2分) いつぞや小紋の縮緬を買った古着屋の店もつい二三間先に見えて居る。 不思議な小路は、三味線堀と仲お徒町の通りを横に繋(つな)いで居る街路であったが、どうも私は今迄其処を通った覚えがなかった。 散々私を悩ました精美堂の看板の前に立って、私は暫く彳(たたず)んで居た。 燦爛(さんらん)とした星の空を戴いて夢のような神秘な空気に蔽われながら、赤い燈火を湛(たた...

2020-09-28

秘密(28/30)

(554字。目安の読了時間:2分) 何とかして、あの町の在りかを捜し出そうと苦心した揚句、私は漸く一策を案じ出した。 長い年月の間、毎夜のように相乗りをして引き擦り廻されて居るうちに、雷門で俥がくるくると一つ所を廻る度数や、右に折れ左に曲る回数まで、一定して来て、私はいつともなくその塩梅を覚え込んでしまった。 或る朝、私は雷門の角へ立って眼をつぶりながら二三度ぐるぐると体を廻した後、この位...

2020-09-27

秘密(27/30)

(510字。目安の読了時間:2分) 賑やかな商店の多い小路で突きあたりに印形屋の看板の見える街、―――どう考えて見ても、私は今迄通ったことのない往来の一つに違いないと思った。 子供時代に経験したような謎の世界の感じに、再び私は誘われた。 「あなた、あの看板の字が読めましたか。」 「いや読めなかった。一体此処は何処なのだか私にはまるで判らない。私はお前の生活に就いては三年前の太平洋の波の上...

2020-09-26

秘密(26/30)

(576字。目安の読了時間:2分) 「そうなれば、あたしはもう『夢の中の女』ではありません。あなたは私を恋して居るよりも、夢の中の女を恋して居るのですもの。」 いろいろに言葉を尽して頼んだが、私は何と云っても聴き入れなかった。 「仕方がない、そんなら見せて上げましょう。………その代り一寸ですよ。」 女は嘆息するように云って、力なく眼かくしの布を取りながら、 「此処が何処だか判りますか。...

2020-09-25

秘密(25/30)

(625字。目安の読了時間:2分) 「夢の中の女」「秘密の女」朦朧(もうろう)とした、現実とも幻覚とも区別の附かない Love adventure の面白さに、私はそれから毎晩のように女の許に通い、夜半の二時頃迄遊んでは、また眼かくしをして、雷門まで送り返された。 一と月も二た月も、お互に所を知らず、名を知らずに会見していた。 女の境遇や住宅を捜り出そうと云う気は少しもなかったが、だんだん...

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