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「そうなれば、あたしはもう『夢の中の女』ではありません。あなたは私を恋して居るよりも、夢の中の女を恋して居るのですもの。」 いろいろに言葉を尽して頼んだが、私は何と云っても聴き入れなかった。 「仕方がない、そんなら見せて上げましょう。………その代り一寸ですよ。」 女は嘆息するように云って、力なく眼かくしの布を取りながら、 「此処が何処だか判りますか。」 と、心許ない顔つきをした。 美しく晴れ渡った空の地色は、妙に黒ずんで星が一面にきらきらと輝き、白い霞(かすみ)のような天の川が果てから果てへ流れている。 狭い道路の両側には商店が軒を並べて、燈火の光が賑やかに町を照らしていた。 不思議な事には、可なり繁華な通りであるらしいのに、私はそれが何処の街であるか、さっぱり見当が附かなかった。 俥はどんどんその通りを走って、やがて一二町先の突き当りの正面に、精美堂と大きく書いた印形屋の看板が見え出した。 私が看板の横に書いてある細い文字の町名番地を、俥の上で遠くから覗(のぞ)き込むようにすると、女は忽(たちま)ち気が附いたか、 「あれッ」 と云って、再び私の眼を塞いで了った。
賑やかな商店の多い小路で突きあたりに印形屋の看板の見える街、―――どう考えて見ても、私は今迄通ったことのない往来の一つに違いないと思った。
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