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2020-09-30

秘密(30/30)

(527字。目安の読了時間:2分)

丁度道了権現の向い側の、ぎっしり並んだ家と家との庇間を分けて、殆(ほとん)ど眼につかないような、細い、ささやかな小路のあるのを見つけ出した時、私は直覚的に女の家がその奥に潜んで居ることを知った。 中へ這入って行くと右側の二三軒目の、見事な洗い出しの板塀に囲まれた二階の欄干から、松の葉越しに女は死人のような顔をして、じっと此方を見おろして居た。 思わず嘲るような瞳を挙げて、二階を仰ぎ視ると、寧ろ空惚けて別人を装うものの如く、女はにこりともせずに私の姿を眺めて居たが、別人を装うても訝(あや)しまれぬくらい、その容貌は夜の感じと異って居た。 たッた一度、男の乞いを許して、眼かくしの布を弛(ゆる)めたばかりに、秘密を発かれた悔恨、失意の情が見る見る色に表われて、やがて静かに障子の蔭(かげ)へ隠れて了った。 女は芳野と云うその界隈での物持の後家であった。 あの印形屋の看板と同じように、凡べての謎は解かれて了った。 私はそれきりその女を捨てた。 二三日過ぎてから、急に私は寺を引き払って田端の方へ移転した。 私の心はだんだん「秘密」などと云う手ぬるい淡い快感に満足しなくなって、もッと色彩の濃い、血だらけな歓楽を求めるように傾いて行った。

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