(527字。目安の読了時間:2分)
丁度道了権現の向い側の、ぎっしり並んだ家と家との庇間を分けて、殆(ほとん)ど眼につかないような、細い、ささやかな小路のあるのを見つけ出した時、私は直覚的に女の家がその奥に潜んで居ることを知った。 中へ這入って行くと右側の二三軒目の、見事な洗い出しの板塀に囲まれた二階の欄干から、松の葉越しに女は死人のような顔をして、じっと此方を見おろして居た。 思わず嘲るような瞳を挙げて、二階を仰ぎ視ると、寧ろ空惚けて別人を装うものの如く、女はにこりともせずに私の姿を眺めて居たが、別人を装うても訝(あや)しまれぬくらい、その容貌は夜の感じと異って居た。 たッた一度、男の乞いを許して、眼かくしの布を弛(ゆる)めたばかりに、秘密を発かれた悔恨、失意の情が見る見る色に表われて、やがて静かに障子の蔭(かげ)へ隠れて了った。 女は芳野と云うその界隈での物持の後家であった。 あの印形屋の看板と同じように、凡べての謎は解かれて了った。 私はそれきりその女を捨てた。 二三日過ぎてから、急に私は寺を引き払って田端の方へ移転した。 私の心はだんだん「秘密」などと云う手ぬるい淡い快感に満足しなくなって、もッと色彩の濃い、血だらけな歓楽を求めるように傾いて行った。
========================= ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! https://bit.ly/34Mrpyn
■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv ■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com ■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/57349_60032.html ■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail ■月末まで一時的に配信を停止: https://forms.gle/d2gZZBtbeAEdXySW9
配信元: ブンゴウメール編集部 NOT SO BAD, LLC. Web: https://bungomail.com 配信停止:[unsubscribe]