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いつぞや小紋の縮緬を買った古着屋の店もつい二三間先に見えて居る。 不思議な小路は、三味線堀と仲お徒町の通りを横に繋(つな)いで居る街路であったが、どうも私は今迄其処を通った覚えがなかった。 散々私を悩ました精美堂の看板の前に立って、私は暫く彳(たたず)んで居た。 燦爛(さんらん)とした星の空を戴いて夢のような神秘な空気に蔽われながら、赤い燈火を湛(たた)えて居る夜の趣とは全く異り、秋の日にかんかん照り附けられて乾涸びて居る貧相な家並を見ると、何だか一時にがっかりして興が覚めて了った。 抑え難い好奇心に駆られ、犬が路上の匂いを嗅ぎつつ自分の棲(す)み家へ帰るように、私は又其処から見当をつけて走り出した。 道は再び浅草区へ這入って、小島町から右へ右へと進み、菅橋の近所で電車通りを越え、代地河岸を柳橋の方へ曲って、遂に両国の広小路へ出た。 女が如何に方角を悟らせまいとして、大迂廻をやっていたかが察せられる。 薬研掘、久松町、浜町と来て蠣浜橋を渡った処で、急にその先が判らなくなった。 何んでも女の家は、この辺の路次にあるらしかった。 一時間ばかりかかって、私はその近所の狭い横町を出つ入りつした。 丁度道了権現の向い側の、ぎっしり並んだ家と家との庇間を分けて、殆(ほとん)ど眼につかないような、細い、ささやかな小路のあるのを見つけ出した時、私は直覚的に女の家がその奥に潜んで居ることを知った。
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