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2020-10-14

父帰る(14/15)

(597字。目安の読了時間:2分) お前や、たねのほんとうの父親は俺だ。 父親の役目をしたのは俺じゃ。 その人を世話したければするがええ。 その代り兄さんはお前と口は利かないぞ。 新二郎 しかし……。 賢一郎 不服があれば、その人と一緒に出て行くがええ。 (女二人とも泣きつづけている。新二郎黙す) 賢一郎 俺は父親がないために苦しんだけに、弟や妹にその苦しみをさせまいと思うて夜も...

2020-10-13

父帰る(13/15)

(603字。目安の読了時間:2分)   父   (憤然として物をいう、しかしそれは飾った怒りでなんの力も伴っていない)賢一郎! お前は生みの親に対してよくそんな口が利けるのう。 賢一郎 生みの親というのですか。 あなたが生んだという賢一郎は二十年も前に築港で死んでいる。 あなたは二十年前に父としての権利を自分で捨てている。 今のわしは自分で築きあげたわしじゃ。 わしは誰にだって、世...

2020-10-12

父帰る(12/15)

(671字。目安の読了時間:2分) 俺は十の時から県庁の給仕をするし、おたあさんはマッチを張るし、いつかもおたあさんのマッチの仕事が一月ばかり無かった時に、親子四人で昼飯を抜いたのを忘れたのか。 俺が一生懸命に勉強したのは皆その敵を取りたいからじゃ。 俺たちを捨てて行った男を見返してやりたいからだ。 父親に捨てられても一人前の人間にはなれるということを知らしてやりたいからじゃ。 俺は父...

2020-10-11

父帰る(11/15)

(583字。目安の読了時間:2分) あの時おたあさんが誤って水の浅い所へ飛び込んだればこそ、助かっているんや。 俺たちに父親があれば、十の年から給仕をせいでも済んどる。 俺たちは父親がないために、子供の時になんの楽しみもなしに暮してきたんや。 新二郎、お前は小学校の時に墨や紙を買えないで泣いていたのを忘れたのか。 教科書さえ満足に買えないで、写本を持って行って友達にからかわれて泣いたの...

2020-10-10

父帰る(10/15)

(609字。目安の読了時間:2分) わしも、四、五年前までは、人の二、三十人も連れて、ずうと巡業して回っとったんやけどもな。 呉で見世物小屋が丸焼になったために、えらい損害を受けてな。 それからは何をしても思わしくないわ。 その内に老先が短くなってくる、女房子のいる所が恋しゅうなってうかうかと帰って来たんや。 老先の長いこともない者やけに皆よう頼むぜ。 (賢一郎を注視して)さあ賢一郎...

2020-10-09

父帰る(9/15)

(556字。目安の読了時間:2分) 男の声 上ってもええかい。 母の声 ええとも。 (二十年振りに帰れる父宗太郎、憔悴したる有様にて老いたる妻に導かれて室に入り来る、新二郎とおたねとは目をしばたたきながら、父の姿をしみじみ見つめていたが) 新二郎 お父さんですか、僕が新二郎です。 父   立派な男になったな、お前に別れた時はまだ碌(ろく)に立てもしなかったが……。 おたね お父さん、...

2020-10-08

父帰る(8/15)

(521字。目安の読了時間:2分) 新二郎 どんな人だ。 おたね 暗くて、分からなんだけど、背の高い人や。 新二郎 (立って次の間へ行き、窓から覗く)……。 賢一郎 誰かいるかい。 新二郎 いいや、誰もおらん。 (兄弟三人沈黙している) 母   あの人が家を出たのは盆の三日後であったんや。 賢一郎 おたあさん、昔のことはもういわんようにして下さい。 母   わしも若い時は恨んで...

2020-10-07

父帰る(7/15)

(584字。目安の読了時間:2分) (三人食事にかかる) 母   たねも、もう帰ってくるやろう。 もうめっきり寒うなったな。 新二郎 おたあさん、今日浄願寺の椋(むく)の木で百舌が鳴いとりましたよ。 もう秋じゃ。 ……兄さん、僕はやっぱり、英語の検定をとることにしました。 数学にはええ先生がないけに。 賢一郎 ええやろう。 やはり、エレクソンさんとこへ通うのか。 新二郎 そう...

2020-10-06

父帰る(6/15)

(533字。目安の読了時間:2分) 賢一郎 (やや真面目に)杉田さんがその男に会うたのは何日のことや。 新二郎 昨日の晩の九時頃じゃということです。 賢一郎 どんな身なりをしておったんや。 新二郎 あんまり、ええなりじゃないそうです。 羽織も着ておらなんだということです。 賢一郎 そうか。 新二郎 兄さんが覚えとるお父さんはどんな様子でした。 賢一郎 わしは覚えとらん。 新二郎...

2020-10-05

父帰る(5/15)

(595字。目安の読了時間:2分) 同じ町へ帰ったら自分の生れた家に帰らんことはないけにのう。 賢一郎 しかし、お父さんは家の敷居はちょっと越せないやろう。 母   私はもう死んだと思うとんや、家出してから二十年になるんやけえ。 新二郎 いつか、岡山で会った人があるというんでしょう。 母   あれも、もう十年も前のことじゃ。 久保の忠太さんが岡山へ行った時、家のお父さんが、獅子や虎の...

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