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わしも、四、五年前までは、人の二、三十人も連れて、ずうと巡業して回っとったんやけどもな。 呉で見世物小屋が丸焼になったために、えらい損害を受けてな。 それからは何をしても思わしくないわ。 その内に老先が短くなってくる、女房子のいる所が恋しゅうなってうかうかと帰って来たんや。 老先の長いこともない者やけに皆よう頼むぜ。 (賢一郎を注視して)さあ賢一郎! その杯を一つさしてくれんか、お父さんも近頃はええ酒も飲めんでのう。 うん、お前だけは顔に見おぼえがあるわ。 (賢一郎応ぜず) 母 さあ、賢や、お父さんが、ああおっしゃるんやけに。 さあ、久し振りに親子が会うんじゃけに祝うてな。 (賢一郎応ぜず) 父 じゃ、新二郎、お前一つ、杯をくれえ。 新二郎 はあ。 (杯を取り上げて父にささんとす) 賢一郎 (決然として)止めとけ。 さすわけはない。 母 何をいうんや、賢は。 (父親、激しい目にて賢一郎を睨んでいる。新二郎もおたねも下を向いて黙っている) 賢一郎 (昂然と)僕たちに父親があるわけはない。 そんなものがあるもんか。 父 (激しき憤怒を抑えながら)なんやと! 賢一郎 (やや冷やかに)俺たちに父親があれば、八歳の年に築港からおたあさんに手を引かれて身投げをせいでも済んどる。 あの時おたあさんが誤って水の浅い所へ飛び込んだればこそ、助かっているんや。
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