ブンゴウメール公式ブログ

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2020-11-03

断腸亭日乗(3/30)

(648字。目安の読了時間:2分) 蝋梅二株ある中其の一株去年より勢なく花をつくる事少くなりたれば今より枯れぬ用心するなり。 此日いかなる故にや鵯群をなして庭に来り終日啼き※[#「口+斗」、U+544C、21-10]びぬ。 正月十四日。 西北の風烈しく庭樹の鳴り動く声潮の寄来るに似たり。 正月十五日。 歯痛未止まず。 苦痛を忘れむとて市中両国辺を散歩す。 夜唖々子来訪。 正月十...

2020-11-02

断腸亭日乗(2/30)

(699字。目安の読了時間:2分) 其後は今の入江家との地境になりし檜の植込深き間にひそみ庭に下り来りて散り敷く落葉を踏み歩むなり。 此の鳩そも/\いづこより飛来れるや。 果して十年前の鳩なるや。 或は其形のみ同じくして異れるものなるや知るよしもなし。 されどわれは此の鳥の来るを見れば、殊更にさびしき今の身の上、訳もなく唯なつかしき心地して、或時は障子細目に引あけ飽かず打眺ることもあり...

2020-11-01

断腸亭日乗(1/30)

(701字。目安の読了時間:2分) 荷風歳四十 正月元日。 例によつて為す事もなし。 午の頃家の内暖くなるを待ちそこら取片づけ塵を掃ふ。 正月二日。 暁方雨ふりしと覚しく、起出でゝ戸を開くに、庭の樹木には氷柱の下りしさま、水晶の珠をつらねたるが如し。 午に至つて空晴る。 蝋梅の花を裁り、雑司谷に徃き、先考の墓前に供ふ。 音羽の街路泥濘最甚し。 夜九穂子来訪。 断膓亭屠蘇の用...

2020-10-31

出世(16/16)

(589字。目安の読了時間:2分) と、譲吉は少しあわてて頓狂な声を出した。 向うはその太い眉をちょっと微笑するような形に動かしたが、何もいわずに青い切符と、五銭白銅とを出した。  譲吉は、何ともいえない嬉しい心持がしながら、下足の方へと下った。 死ぬまで、下足をいじっていなければならないと思ったあの男が、立派に出世している。 それは、判任官が高等官になり勅任官になるよりも、もっと仕甲...

2020-10-30

出世(15/16)

(614字。目安の読了時間:2分) 二年前までは、ニコニコ絣を着て、穴のあいたセルの袴を着け、ニッケルの弁当箱を包んで毎日のように通っていた自分が、今では高貴織の揃いか何かを着て、この頃新調したラクダの外套を着て、金縁の眼鏡をかけて、一個の紳士といったようなものになって下足を預ける。 自分の顔を知っているかも知れないあの大男は、一体どんな気持ちで自分の下駄を預かるだろう。 あの尻切れ草履を...

2020-10-29

出世(14/16)

(694字。目安の読了時間:2分) 自分の方が勝って下足札を貰ったようにも思うし、自分の方が負けてとうとう下足札を貰えなかったようにも思える。  が、とにかくあのこと以来、あの大男の爺は自分の顔を、はっきりと覚えているに違いないと彼は思った。 むろん、譲吉はそうした喧嘩をしたために、あの男に対する同情を、少しも無くしはしなかった。 ああした暗い生き甲斐のない生活をあわれむ心は、少しも変っ...

2020-10-28

出世(13/16)

(605字。目安の読了時間:2分) 「どうしたんだ? 札をくれないか」と、譲吉は少しむっとしたので、荒っぽくいった。 「いや分かっています」と、大男はいかにも飲み込んだように、首を下げて見せた。 「君の方で分かっていようがいまいが、札をくれるのが規則だろう」 「いや間違えやしません。あなたの顔は知っています」 「知っていようがいまいが問題じゃない。札をくれたまえ。規則だろう」 「いく...

2020-10-27

出世(12/16)

(578字。目安の読了時間:2分) 恐らく死ぬまで続くに違いない。 おそらく彼らが死んでも、入場者の二、三人が、 「この頃あの下足番の顔が見えないな」と、軽く訝しげに思うにとどまるだろう。 先の短い年でありながら、残り少ない月日を、一日一日ああした土の牢で暮さねばならぬ彼らに、譲吉は心から同情した。 図書館の下足の爺何時までか   下駄をいじりて世を終るらん  これは、譲吉がいつだ...

2020-10-26

出世(11/16)

(617字。目安の読了時間:2分) 小男の順番に当っている時、大男の方へ下駄を差し出した場合も、やっぱりそうであった。 彼らは、下足の仕事を正確に二等分して、各自の配分のほかは、少しでも他人の仕事をすることを拒んだ。 入場者の場合は、それでもあまり大した不都合も起らなかったが、退場者の場合に、大男の受札の者が、五、六人もどやどやと続けて出て、大男が目の回るように立ち回っている時などでも、小...

2020-10-25

出世(10/16)

(618字。目安の読了時間:2分) 六尺に近い大男で、眉毛の太い一癖あるような面構えであったが、もう六十に手が届いていたろう。 もう一人の方は、頭のてかてか禿げた小男であった。  二人は恐ろしく無口であった。 下足を預ける閲覧者に対しても、ほとんど口を利かなかった。 職務の上でもほとんど口を利かなかった。 劇場や、寄席、公会場の下足番などが客の脱ぎ放した下駄を、取り上げて預かるように...

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