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と、譲吉は少しあわてて頓狂な声を出した。 向うはその太い眉をちょっと微笑するような形に動かしたが、何もいわずに青い切符と、五銭白銅とを出した。 譲吉は、何ともいえない嬉しい心持がしながら、下足の方へと下った。 死ぬまで、下足をいじっていなければならないと思ったあの男が、立派に出世している。 それは、判任官が高等官になり勅任官になるよりも、もっと仕甲斐のある出世かも知れなかった。 獣か何かのように、年百年中薄闇に蠢いているのとは違って、蒲団の上に座り込んで、小奇麗な切符を扱っていればいい。 月給の昇額はほんのわずかでも、あの男にとっては、どれほど嬉しいか分からない。 あんなに無愛想であった男が、向うから声をかけたことを考えても、あの境遇に十分満足しているに違いないと思った。 人生のどんな隅にも、どんなつまらなそうな境遇にも、やっぱり望みはあるのだ。 そう思うと、譲吉は世の中というものが、今まで考えていたほど暗い陰惨なところではないように思われた。 彼はいつもよりも、晴々とした心持になっている自分を見出した。 が、それにしても、もう一人の禿頭の小男はどうしたろうと思って注意して見ると、その男もやっぱり下足にはいなかった。 むろん、図書館の中でなくてもいいが、あの男も世の中のどこかで、あの男相当の出世をしていてくれればいいと譲吉は思った。
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