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荷風歳四十 正月元日。 例によつて為す事もなし。 午の頃家の内暖くなるを待ちそこら取片づけ塵を掃ふ。 正月二日。 暁方雨ふりしと覚しく、起出でゝ戸を開くに、庭の樹木には氷柱の下りしさま、水晶の珠をつらねたるが如し。 午に至つて空晴る。 蝋梅の花を裁り、雑司谷に徃き、先考の墓前に供ふ。 音羽の街路泥濘最甚し。 夜九穂子来訪。 断膓亭屠蘇の用意なければ倶に牛門の旗亭に徃きて春酒を酌む。 されど先考の忌日なればさすがに賤妓と戯るゝ心も出でず、早く家に帰る。 正月三日。 新福亭主人この日余の来るを待つ由。 兼ての約束なれば寒風をいとはず赴きしに不在なり。 さては兼ての約束も通一遍の世辞なりし歟。 余生来偏屈にて物に義理がたく徃※馬鹿な目に逢ふことあり。 倉皇車に乗つて家に帰る。 此日寒気最甚しく街上殆人影を見ず。 燈下に粥を煮、葡萄酒二三杯を傾け暖を取りて後机に対す。 正月七日。 山鳩飛来りて庭を歩む。 毎年厳冬の頃に至るや山鳩必只一羽わが家の庭に来るなり。 いつの頃より来り始めしにや。 仏蘭西より帰来りし年の冬われは始めてわが母上の、今日はかの山鳩一羽庭に来りたればやがて雪になるべしかの山鳩来る日には毎年必雪降り出すなりと語らるゝを聞きしことあり。 されば十年に近き月日を経たり。 毎年来りてとまるべき樹も大方定まりたり。 三年前入江子爵に売渡せし門内の地所いと広かりし頃には椋の大木にとまりて人無き折を窺ひ地上に下り来りて餌をあさりぬ。 其後は今の入江家との地境になりし檜の植込深き間にひそみ庭に下り来りて散り敷く落葉を踏み歩むなり。
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