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「どうしたんだ? 札をくれないか」と、譲吉は少しむっとしたので、荒っぽくいった。 「いや分かっています」と、大男はいかにも飲み込んだように、首を下げて見せた。 「君の方で分かっていようがいまいが、札をくれるのが規則だろう」 「いや間違えやしません。あなたの顔は知っています」 「知っていようがいまいが問題じゃない。札をくれたまえ。規則だろう」 「いくら規則でも、あんまりひどい草履ですね」と、彼は煙管を、火鉢の縁にやけに叩いた。 「人をばかにするな。何だと思うんだ。いくら汚くても履物は履物だぜ」譲吉は本当に憤慨していった。 「あなたの帽子が、どこの学校の帽子かぐらいは知っている。が、何も札をあげなくたって、間違わないというんだから、いいでしょう」と、爺はまだ頑強に抗弁した。 譲吉は、自分の方に、十二分の理由があるのを信じたが、大男の足のすぐそばに置かれている自分の草履を見ると、どうもその理由を正当に主張する勇気までが砕けがちであった。 下足に供えてある上草履のどれよりも、貧弱だった。 先方から借りる上草履よりも、わるい草履を預けながら、下足札を要求する権利は、本当からいえば存在しないものかも知れなかった。 その時の喧嘩の結末が、どう着いたか、譲吉はもう忘れている。 自分の方が勝って下足札を貰ったようにも思うし、自分の方が負けてとうとう下足札を貰えなかったようにも思える。
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