(682字。目安の読了時間:2分) 落葉松の林の中を歩いていると、突然背後から馬の足音がしたりした。 テニスコオトの附近は、毎日賑(にぎ)やかで、まるで戸外舞踏会が催されているようだった。 そのすぐ裏の教会からはピアノの音が絶えず聞えて…… 毎年の夏をその高原で暮らすその詩人は、そこで多くの少女たちとも知合らしかった。 私はその詩人に通りすがりにお時宜をしてゆく、幾たりかの少女のうち...
(553字。目安の読了時間:2分) 私は或る日、突然、私のはいることになっている医科を止めて、文科にはいりたいことを母に訴えた。 母はそれを聞きながら、ただ、呆気にとられていた。 それがその秋の最後の日かと思われるような、或る日のことだった。 私は或る友人と学校の裏の細い坂道を上って行った、その時、私は坂の上から、秋の日を浴びながら、二人づれの女学生が下りてくるのを認めた。 私たち...
(595字。目安の読了時間:2分) ……そうしてそのために私はへとへとに疲れて、こっそりと泣きながら、出発した。 秋になってから、その青年が突然、私に長い手紙をよこした。 私はその手紙を読みながら、膨れっ面をした。 その手紙の終りの方には、お前が出発するとき、俥(くるま)の上から、彼の方を見つめながら、今にも泣き出しそうな顔をしたことが、まるで田園小説のエピロオグのように書かれてあった...
(609字。目安の読了時間:2分) その青年がお前の兄たちよりも私に好意を寄せているらしいことは、私はすぐ見てとったが、私の方では、どうも彼があんまり好きになれなかった。 もし彼が私の競争者として現われたのでなかったならば、私は彼には見向きもしなかっただろう。 が、彼がお前の気に入っているらしいことに、誰よりも早く気がついたのも、この私であった。 その青年の出現が、薬品のように私を若...
(607字。目安の読了時間:2分) 或る日曜日、お前たちが讃美歌の練習をしている間、私はお前の兄たちと、その教会の隅っこに隠れながら、バットをめいめい手にして、その村の悪者どもを待伏せていた。 彼等は何も知らずに、何時ものように、白い歯をむき出しながら、お前たちをからかいに来た。 お前の兄たちがだしぬけに窓をあけて、恐ろしい権幕で、彼等を呶鳴りつけた。 私もその真似をした。 ……不意...
(578字。目安の読了時間:2分) 私はなんだかお前に裏切られたような気がしてならなかった。 日曜日ごとに、お前はお前の姉と連れ立って、村の小さな教会へ行くようになった。 そう云えば、お前はどうもお前の姉に急に似て来だしたように見える。 お前の姉は私と同い年だった。 いつも髪の毛を洗ったあとのような、いやな臭いをさせていた。 しかしいかにも気立てのやさしい、つつましそうな様子をして...
(567字。目安の読了時間:2分) ああ、その手紙に几帳面な署名がなかったら、どんなによかったろうに!…… 匿名の手紙は、いつまでたっても、私のところへは来なかった。 そのうちに、夏が一周りしてやってきた。 私はお前たちに招待されたので、再びT村を訪れた。 私は、去年からそっくりそのままの、綺麗な、小ぢんまりした村を、それからその村のどの隅々にも一ぱいに充満している、私たちの去年...
(558字。目安の読了時間:2分) 私の同室者たちのところへは、ときおり女文字の匿名の手紙が届いた。 皆が彼等のまわりへ環になった。 彼等は代る代るに、顔を赧(あか)らめて、嘘(うそ)を半分まぜながら、その匿名の少女のことを話した。 私も彼等の仲間入りがしたくて、毎日、やきもきしながら、ことによるとお前が匿名で私によこすかも知れない手紙、そんな来る宛のない手紙を待っていた。 或る日、...
(561字。目安の読了時間:2分) しかし、その間、母の方では、私のことで始終不安になっていた。 その一週間のうちに、急に私が成長して、全く彼女の見知らない青年になってしまいはせぬかと気づかって。 で、私が寄宿舎から帰って行くと、彼女は私の中に、昔ながらの子供らしさを見つけるまでは、ちっとも落着かなかった。 そして彼女はそれを人工培養した。 もし私がそんな子供らしさの似合わない年頃に...
(577字。目安の読了時間:2分) だから、私はそのことをそんなに悲しみはしなかった。 もしも汽車の中の私がいかにも悲しそうな様子に見えたと云うなら、それは私が自分の宿題の最後の方がすこし不出来なことを考えているせいだったのだ。 私はふと、この次ぎの駅に着いたら、サンドウィッチでも買おうかと、お前の母がお前の兄たちに相談しているのを聞いた。 私はかなり神経質になっていた。 そして自分だ...