ブンゴウメール (622字。目安の読了時間:2分) 女はよろこんで机にのせ酒をふくませ頬ずりして舐めたりくすぐったりしましたが、じきあきました。 「もっと太った憎たらしい首よ」 女は命じました。 男は面倒になって五ツほどブラさげて来ました。 ヨボヨボの老僧の首も、眉の太い頬っぺたの厚い、蛙がしがみついているような鼻の形の顔もありました。 耳のとがった馬のような坊主の首も、ひどく神...
ブンゴウメール (621字。目安の読了時間:2分) 姫君の首は死のうとしますが大納言のささやきに負けて尼寺を逃げて山科の里へかくれて大納言の首のかこい者となって髪の毛を生やします。 姫君の首も大納言の首ももはや毛がぬけ肉がくさりウジ虫がわき骨がのぞけていました。 二人の首は酒もりをして恋にたわぶれ、歯の骨と歯の骨と噛み合ってカチカチ鳴り、くさった肉がペチャペチャくっつき合い鼻もつぶれ目の...
ブンゴウメール (637字。目安の読了時間:2分) ★ 男と女とビッコの女は都に住みはじめました。 男は夜毎に女の命じる邸宅へ忍び入りました。 着物や宝石や装身具も持ちだしましたが、それのみが女の心を充たす物ではありませんでした。 女の何より欲しがるものは、その家に住む人の首でした。 彼等の家にはすでに何十の邸宅の首が集められていました。 部屋の四方の衝立に仕...
ブンゴウメール (592字。目安の読了時間:2分) 「一人でなくちゃ、だめなんだ」 女は苦笑しました。 男は苦笑というものを始めて見ました。 そんな意地の悪い笑いを彼は今まで知らなかったのでした。 そしてそれを彼は「意地の悪い」という風には判断せずに、刀で斬っても斬れないように、と判断しました。 その証拠には、苦笑は彼の頭にハンを捺したように刻みつけられてしまったからです。 ...
ブンゴウメール (573字。目安の読了時間:2分) 今年こそ、彼は決意していました。 桜の森の花ざかりのまんなかで、身動きもせずジッと坐っていてみせる。 彼は毎日ひそかに桜の森へでかけて蕾のふくらみをはかっていました。 あと三日、彼は出発を急ぐ女に言いました。 「お前に支度の面倒があるものかね」と女は眉をよせました。 「じらさないでおくれ。都が私をよんでいるのだよ」 「それでも約...
ブンゴウメール (584字。目安の読了時間:2分) どんな過去を思いだしても、裏切られ傷けられる不安がありません。 それに気附くと、彼は常に愉快で又誇りやかでした。 彼は女の美に対して自分の強さを対比しました。 そして強さの自覚の上で多少の苦手と見られるものは猪だけでした。 その猪も実際はさして怖るべき敵でもないので、彼はゆとりがありました。 「都には牙のある人間がいるかい」 「...
ブンゴウメール (617字。目安の読了時間:2分) いやよ、そんな手は、と女は男を払いのけて叱ります。 男は子供のように手をひっこめて、てれながら、黒髪にツヤが立ち、結ばれ、そして顔があらわれ、一つの美が描かれ生まれてくることを見果てぬ夢に思うのでした。 「こんなものがなア」 彼は模様のある櫛や飾のある笄をいじり廻しました。 それは彼が今迄は意味も値打もみとめることのできなかったも...
ブンゴウメール (607字。目安の読了時間:2分) 彼は納得させられたのです。 かくして一つの美が成りたち、その美に彼が満たされている、それは疑る余地がない、個としては意味をもたない不完全かつ不可解な断片が集まることによって一つの物を完成する、その物を分解すれば無意味なる断片に帰する、それを彼は彼らしく一つの妙なる魔術として納得させられたのでした。 男は山の木を切りだして女の命じるもの...
ブンゴウメール (605字。目安の読了時間:2分) 見当もつかないのです。 この生活、この幸福に足りないものがあるという事実に就て思い当るものがない。 彼はただ女の怨じる風情の切なさに当惑し、それをどのように処置してよいか目当に就て何の事実も知らないので、もどかしさに苦しみました。 今迄には都からの旅人を何人殺したか知れません。 都からの旅人は金持で所持品も豪華ですから、都は彼のよ...
ブンゴウメール (603字。目安の読了時間:2分) そのとき、この女もつれて行こうか、彼はふと考えて、女の顔をチラと見ると、胸さわぎがして慌てて目をそらしました。 自分の肚が女に知れては大変だという気持が、なぜだか胸に焼け残りました。 ★ 女は大変なわがまま者でした。 どんなに心をこめた御馳走をこしらえてやっても、必ず不服を言いました。 彼は小鳥や鹿をとりに山を走り...