ブンゴウメール (716字。目安の読了時間:2分) 美学的に見えた町の意匠は、単なる趣味のための意匠でなく、もっと恐ろしい切実の問題を隠していたのだ。 始めてこのことに気が付いてから、私は急に不安になり、周囲の充電した空気の中で、神経の張りきってる苦痛を感じた。 町の特殊な美しさも、静かな夢のような閑寂さも、かえってひっそりと気味が悪く、何かの恐ろしい秘密の中で、暗号を交しているように...
ブンゴウメール (719字。目安の読了時間:2分) とりわけ女の人の声には、どこか皮膚の表面を撫でるような、甘美でうっとりとした魅力があった。 すべての物象と人物とが、影のように往来していた。 私が始めて気付いたことは、こうした町全体のアトモスフィアが、非常に繊細な注意によって、人為的に構成されていることだった。 単に建物ばかりでなく、町の気分を構成するところの全神経が、或る重要な美...
ブンゴウメール (695字。目安の読了時間:2分) それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道になった路をくぐったりした。 南国の町のように、所々に茂った花樹が生え、その附近には井戸があった。 至るところに日影が深く、町全体が青樹の蔭のようにしっとりしていた。 娼家らしい家が並んで、中庭のある奥の方から、閑雅な音楽の音が聴えて来た。...
ブンゴウメール (726字。目安の読了時間:2分) どっちの麓へ降りようとも、人家のある所へ着きさえすれば、とにかく安心ができるのである。 幾時間かの後、私は麓へ到着した。 そして全く、思いがけない意外の人間世界を発見した。 そこには貧しい農家の代りに、繁華な美しい町があった。 かつて私の或る知人が、シベリヤ鉄道の旅行について話したことは、あの満目荒寥たる無人の曠野を、汽車で幾日も...
ブンゴウメール (735字。目安の読了時間:2分) 日本の諸国にあるこの種の部落的タブーは、おそらく風俗習慣を異にした外国の移住民や帰化人やを、先祖の氏神にもつ者の子孫であろう。 あるいは多分、もっと確実な推測として、切支丹宗徒の隠れた集合的部落であったのだろう。 しかし宇宙の間には、人間の知らない数々の秘密がある。 ホレーシオが言うように、理智は何事をも知りはしない。 理智はすべて...
ブンゴウメール (738字。目安の読了時間:2分) 概して文化の程度が低く、原始民族のタブーと迷信に包まれているこの地方には、実際色々な伝説や口碑があり、今でもなお多数の人々は、真面目に信じているのである、現に私の宿の女中や、近所の村から湯治に来ている人たちは、一種の恐怖と嫌悪の感情とで、私に様々のことを話してくれた。 彼らの語るところによれば、或る部落の住民は犬神に憑かれており、或る部落...
ブンゴウメール (777字。目安の読了時間:2分) 都会から来た避暑客は、既に皆帰ってしまって、後には少しばかりの湯治客が、静かに病を養っているのであった。 秋の日影は次第に深く、旅館の侘しい中庭には、木々の落葉が散らばっていた。 私はフランネルの着物をきて、ひとりで裏山などを散歩しながら、所在のない日々の日課をすごしていた。 私のいる温泉地から、少しばかり離れた所に、三つの小さな町...
ブンゴウメール (715字。目安の読了時間:2分) つまり一つの同じ景色を、始めに諸君は裏側から見、後には平常の習慣通り、再度正面から見たのである。 このように一つの物が、視線の方角を換えることで、二つの別々の面を持ってること。 同じ一つの現象が、その隠された「秘密の裏側」を持ってるということほど、メタフィジックの神秘を包んだ問題はない。 私は昔子供の時、壁にかけた額の絵を見て、いつも...
ブンゴウメール (723字。目安の読了時間:2分) その瞬間、磁石の針がくるりと廻って、東西南北の空間地位が、すっかり逆に変ってしまった。 同時に、すべての宇宙が変化し、現象する町の情趣が、全く別の物になってしまった。 つまり前に見た不思議の町は、磁石を反対に裏返した、宇宙の逆空間に実在したのであった。 この偶然の発見から、私は故意に方位を錯覚させて、しばしばこのミステリイの空間を旅...
ブンゴウメール (754字。目安の読了時間:2分) しかし時間の計算から、それが私の家の近所であること、徒歩で半時間位しか離れていないいつもの私の散歩区域、もしくはそのすぐ近い範囲にあることだけは、確実に疑いなく解っていた。 しかもそんな近いところに、今まで少しも人に知れずに、どうしてこんな町があったのだろう? 私は夢を見ているような気がした。 それが現実の町ではなくって、幻燈の幕に...