(573字。目安の読了時間:2分) ……」――私は振りむく。 さっきの少女が、砂の中から半身を出してにっこりと笑っているのが、今度は、私にもよく見える。 「なあんだ、君だったの?」 「おわかりになりませんでしたこと?」 海水着がどうも怪しい。 私がそれ一枚きりになるや否や、私は妖精の仲間入りをする。 私は身軽になって、いままでちっとも見えなかったものが忽(たちま)ち見え出す…… ...
(552字。目安の読了時間:2分) 私は海岸へ行く道順を教わると、すぐ裸足になって、松林の中の、その小径を飛んで行った。 焼けた砂が、まるでパンの焦げるような好い匂いがした。 海岸には、光線がぎっしりと充填って、まぶしくって、何にも見えない位だった。 そしてその光線の中へは、一種の妖精にでもならなければ、這入れないように見えた。 私は盲のように、手さぐりしながら、その中へおずおずと...
(591字。目安の読了時間:2分) 真っ白な運動服を着た、二人とも私よりすこし年上の、お前の兄たちの姿が、先ず浮ぶ。 毎日のように、私は彼等とベエスボオルの練習をした。 或る日、私は田圃に落ちた。 花環を手にしていたお前の傍で、私は裸かにさせられた。 私は真っ赤になった。 ……やがて彼等は、二人とも地方の高等学校へ行ってしまった。 もうかれこれ三四年になる。 それからはあんまり彼...
(622字。目安の読了時間:2分) そして、私のためにお前が泥だらけになったズボンを洗濯してくれている間、私はてれかくしに、わざと道化けて、お前のために持ってやっている花環を、私の帽子の代りに、かぶって見せたりする。 そして、まるで古代の彫刻のように、そこに不動の姿勢で、私は突っ立っている。 顔を真っ赤にして…… ※ 夏休みが来た。 寄宿舎から、その春、入寮したば...
(553字。目安の読了時間:2分) 私は十五だった。 そしてお前は十三だった。 私はお前の兄たちと、苜宿の白い花の密生した原っぱで、ベエスボオルの練習をしていた。 お前は、その小さな弟と一しょに、遠くの方で、私たちの練習を見ていた。 その白い花を摘んでは、それで花環をつくりながら。 飛球があがる。 私は一所懸命に走る。 球がグロオブに触る。 足が滑る。 私の体がもんどり打...
(782字。目安の読了時間:2分) そうして私が屋敷を殺害するのなら酒を飲ましておいてその上重クロム酸アンモニアを飲ますより仕方がないと思ったことさえあることから考えても、彼もそのように一度は思ったにちがいないであろうから。 だが、酒に酔っていたのは私と屋敷だけではなくて軽部とて同様に酔っていたのだから彼がその劇薬を屋敷に飲まそうなどとしたのではないであろう。 よしたとえ日頃考えていたこと...
(766字。目安の読了時間:2分) 実際そういう時には若者達は酒でも飲むより仕方のないときなのだがそれがこの酒のために屋敷の生命までが亡くなろうとは屋敷だって思わなかったにちがいない。 その夜私たち三人は仕事場でそのまま車座になって十二時過ぎまで飲み続けたのだが、眼が醒めると三人の中の屋敷が重クロム酸アンモニアの残った溶液を水と間違えて土瓶の口から飲んで死んでいたのである。 私は彼をこの...
(816字。目安の読了時間:2分) …かじめ主人が金を落すであろうと予想してついていったというのだから、このことだけは予想に違わず事件は進行していたのにちがいないが、ふと久し振りに大金を儲けた楽しさからたとえ一瞬の間でも良い儲けた金額を持ってみたいと主人がいったのでつい油断をして同情してしまい、主人に暫くの間その金を持たしたのだという。 その間に一つの欠陥がこれも確実な機械のように働いていた...
(903字。目安の読了時間:2分) …敷の優れた智謀に驚かされるばかりとなったので、私も忌々しくなって来て屋敷にそんなにうまく君が私を使ったからには暗室の方も定めしうまくいったのであろうというと、彼は彼で手馴れたもので君までそんなことをいうようでは軽部が私を殴るのだって当然だ、軽部に火を点けたのは君ではないのかといって笑ってのけるのだ。 なるほどそういわれれば軽部に火を点けたのは私だと思われ...
(856字。目安の読了時間:2分) そう思ってはみても結局二人から、同時に殴られなかったのは屋敷だけで一番殴られるべき責任のある筈の彼が一番うまいことをしたのだから私も彼を一度殴り返すぐらいのことはしても良いのだがとにかくもうそのときはぐったり私たちは疲れていた。 実際私たちのこの馬鹿馬鹿しい格闘も原因は屋敷が暗室へ這入ったことからだとはいえ五万枚のネームプレートを短時日の間に仕上げた疲労が...