ブンゴウメール公式ブログ

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2020-09-14

秘密(14/30)

(614字。目安の読了時間:2分) 時々映画が消えてぱッと電燈がつくと、渓底から沸き上る雲のように、階下の群衆の頭の上を浮動して居る煙草の烟(けむり)の間を透かして、私は真深いお高祖頭巾の蔭から、場内に溢(あふ)れて居る人々の顔を見廻した。 そうして私の旧式な頭巾の姿を珍しそうに窺(うかが)って居る男や、粋な着附けの色合を物欲しそうに盗み視ている女の多いのを、心ひそかに得意として居た。 見...

2020-09-13

秘密(13/30)

(579字。目安の読了時間:2分) 地獄極楽の図を背景にして、けばけばしい長襦袢のまま、遊女の如くなよなよと蒲団の上へ腹這って、例の奇怪な書物のページを夜更くる迄飜(ひるがえ)すこともあった。 次第に扮装も巧くなり、大胆にもなって、物好きな聯想を醸させる為めに、匕首だの麻酔薬だのを、帯の間へ挿んでは外出した。 犯罪を行わずに、犯罪に付随して居る美しいロマンチックの匂いだけを、十分に嗅いで見...

2020-09-12

秘密(12/30)

(635字。目安の読了時間:2分) 甘いへんのうの匂いと、囁(ささや)くような衣摺れの音を立てて、私の前後を擦れ違う幾人の女の群も、皆私を同類と認めて訝(あや)しまない。 そうしてその女達の中には、私の優雅な顔の作りと、古風な衣裳の好みとを、羨ましそうに見ている者もある。 いつも見馴れて居る公園の夜の騒擾も、「秘密」を持って居る私の眼には、凡べてが新しかった。 何処へ行っても、何を見ても...

2020-09-11

秘密(11/30)

(539字。目安の読了時間:2分) 私は自分で自分の手の美しさに惚(ほ)れ惚(ぼ)れとした。 このような美しい手を、実際に持っている女と云う者が、羨ましく感じられた。 芝居の弁天小僧のように、こう云う姿をして、さまざまの罪を犯したならば、どんなに面白いであろう。 ………探偵小説や、犯罪小説の読者を始終喜ばせる「秘密」「疑惑」の気分に髣髴(ほうふつ)とした心持で、私は次第に人通りの多い、公...

2020-09-10

秘密(10/30)

(576字。目安の読了時間:2分) 文士や画家の芸術よりも、俳優や芸者や一般の女が、日常自分の体の肉を材料として試みている化粧の技巧の方が、遥(はる)かに興味の多いことを知った。 長襦袢、半襟、腰巻、それからチュッチュッと鳴る紅絹裏の袂、―――私の肉体は、凡べて普通の女の皮膚が味わうと同等の触感を与えられ、襟足から手頸まで白く塗って、銀杏返しの鬘(かつら)の上にお高祖頭巾を冠り、思い切って往...

2020-09-09

秘密(9/30)

(638字。目安の読了時間:2分) 女物に限らず、凡べて美しい絹物を見たり、触れたりする時は、何となく顫い附きたくなって、丁度恋人の肌の色を眺めるような快感の高潮に達することが屡々であった。 殊に私の大好きなお召や縮緬を、世間憚(はばか)らず、恣に着飾ることの出来る女の境遇を、嫉ましく思うことさえあった。 あの古着屋の店にだらりと生々しく下って居る小紋縮緬の袷―――あのしっとりした、重い冷...

2020-09-08

秘密(8/30)

(602字。目安の読了時間:2分) 畳の上に投げ出された無数の書物からは、惨殺、麻酔、魔薬、妖女、宗教―――種々雑多の傀儡(かいらい)が、香の煙に溶け込んで、朦朧(もうろう)と立ち罩(こ)める中に、二畳ばかりの緋毛氈を敷き、どんよりとした蛮人のような瞳を据えて、寝ころんだ儘(まま)、私は毎日々々幻覚を胸に描いた。 夜の九時頃、寺の者が大概寝静まって了うとウヰスキーの角壜を呷(あお)って酔いを...

2020-09-07

秘密(7/30)

(579字。目安の読了時間:2分) その中には、コナンドイルの The Sign of Four や、ドキンシイの Murder, Considered as one of the fine arts や、アラビアンナイトのようなお伽噺(とぎばなし)から、仏蘭西の不思議な Sexuology の本なども交っていた。 此処の住職が秘していた地獄極楽の図を始め、須弥山図だの涅槃像だの、いろいろの...

2020-09-06

秘密(6/30)

(669字。目安の読了時間:2分) 私は秘密と云う物の面白さを、子供の時分からしみじみと味わって居た。 かくれんぼ、宝さがし、お茶坊主のような遊戯―――殊に、それが闇の晩、うす暗い物置小屋や、観音開きの前などで行われる時の面白味は、主としてその間に「秘密」と云う不思議な気分が潜んで居るせいであったに違いない。 私はもう一度幼年時代の隠れん坊のような気持を経験して見たさに、わざと人の気の附か...

2020-09-05

秘密(5/30)

(551字。目安の読了時間:2分) 微細な感受性の働きを要求する一流の芸術だとか、一流の料理だとかを翫味するのが、不可能になっていた。 下町の粋と云われる茶屋の板前に感心して見たり、仁左衛門や鴈治郎の技巧を賞美したり、凡べて在り来たりの都会の歓楽を受け入れるには、あまり心が荒んでいた。 惰力の為めに面白くもない懶惰な生活を、毎日々々繰り返して居るのが、堪えられなくなって、全然旧套を擺脱した...

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