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2020-09-14

秘密(14/30)

(614字。目安の読了時間:2分)

時々映画が消えてぱッと電燈がつくと、渓底から沸き上る雲のように、階下の群衆の頭の上を浮動して居る煙草の烟(けむり)の間を透かして、私は真深いお高祖頭巾の蔭から、場内に溢(あふ)れて居る人々の顔を見廻した。 そうして私の旧式な頭巾の姿を珍しそうに窺(うかが)って居る男や、粋な着附けの色合を物欲しそうに盗み視ている女の多いのを、心ひそかに得意として居た。 見物の女のうちで、いでたちの異様な点から、様子の婀娜(あだ)っぽい点から、乃至器量の点からも、私ほど人の眼に着いた者はないらしかった。 始めは誰も居なかった筈(はず)の貴賓席の私の側の椅子が、いつの間に塞がったのか能くは知らないが、二三度目に再び電燈がともされた時、私の左隣りに二人の男女が腰をかけて居るのに気が附いた。 女は二十二三と見えるが、その実六七にもなるであろう。 髪を三つ輪に結って、総身をお召の空色のマントに包み、くッきりと水のしたたるような鮮やかな美貌ばかりを、これ見よがしに露わにして居る。 芸者とも令嬢とも判断のつき兼ねる所はあるが、連れの紳士の態度から推して、堅儀の細君ではないらしい。 「……… Arrested at last. ………」 と、女は小声で、フィルムの上に現れた説明書を読み上げて、土耳古巻の M. C. C. の薫りの高い烟を私の顔に吹き附けながら、指に篏(は)めて居る宝石よりも鋭く輝く大きい瞳を、闇の中できらりと私の方へ注いだ。

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