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地獄極楽の図を背景にして、けばけばしい長襦袢のまま、遊女の如くなよなよと蒲団の上へ腹這って、例の奇怪な書物のページを夜更くる迄飜(ひるがえ)すこともあった。 次第に扮装も巧くなり、大胆にもなって、物好きな聯想を醸させる為めに、匕首だの麻酔薬だのを、帯の間へ挿んでは外出した。 犯罪を行わずに、犯罪に付随して居る美しいロマンチックの匂いだけを、十分に嗅いで見たかったのである。 そうして、一週間ばかり過ぎた或る晩の事、私は図らずも不思議な因縁から、もッと奇怪なもッと物好きな、そうしてもッと神秘な事件の端緒に出会した。 その晩私は、いつもよりも多量にウヰスキーを呷って、三友館の二階の貴賓席に上り込んで居た。 何でももう十時近くであったろう、恐ろしく混んでいる場内は、霧のような濁った空気に充たされて、黒く、もくもくとかたまって蠢動している群衆の生温かい人いきれが、顔のお白粉を腐らせるように漂って居た。 暗中にシャキシャキ軋(きし)みながら目まぐるしく展開して行く映画の光線の、グリグリと瞳を刺す度毎に、私の酔った頭は破れるように痛んだ。 時々映画が消えてぱッと電燈がつくと、渓底から沸き上る雲のように、階下の群衆の頭の上を浮動して居る煙草の烟(けむり)の間を透かして、私は真深いお高祖頭巾の蔭から、場内に溢(あふ)れて居る人々の顔を見廻した。
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