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2020-09-12

秘密(12/30)

(635字。目安の読了時間:2分)

甘いへんのうの匂いと、囁(ささや)くような衣摺れの音を立てて、私の前後を擦れ違う幾人の女の群も、皆私を同類と認めて訝(あや)しまない。 そうしてその女達の中には、私の優雅な顔の作りと、古風な衣裳の好みとを、羨ましそうに見ている者もある。 いつも見馴れて居る公園の夜の騒擾も、「秘密」を持って居る私の眼には、凡べてが新しかった。 何処へ行っても、何を見ても、始めて接する物のように、珍しく奇妙であった。 人間の瞳を欺き、電燈の光を欺いて、濃艶な脂粉とちりめんの衣装の下に自分を潜ませながら、「秘密」の帷(とばり)を一枚隔てて眺める為めに、恐らく平凡な現実が、夢のような不思議な色彩を施されるのであろう。 それから私は毎晩のようにこの仮装をつづけて、時とすると、宮戸座の立ち見や活動写真の見物の間へ、平気で割って入るようになった。 寺へ帰るのは十二時近くであったが、座敷に上ると早速空気ランプをつけて、疲れた体の衣裳も解かず、毛氈の上へぐったり嫌らしく寝崩れた儘、残り惜しそうに絢爛な着物の色を眺めたり、袖口をちゃらちゃらと振って見たりした。 剥(は)げかかったお白粉が肌理の粗いたるんだ頬の皮へ滲(し)み着いて居るのを、鏡に映して凝視して居ると、廃頽した快感が古い葡萄酒の酔いのように魂をそそった。 地獄極楽の図を背景にして、けばけばしい長襦袢のまま、遊女の如くなよなよと蒲団の上へ腹這って、例の奇怪な書物のページを夜更くる迄飜(ひるがえ)すこともあった。

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