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文士や画家の芸術よりも、俳優や芸者や一般の女が、日常自分の体の肉を材料として試みている化粧の技巧の方が、遥(はる)かに興味の多いことを知った。 長襦袢、半襟、腰巻、それからチュッチュッと鳴る紅絹裏の袂、―――私の肉体は、凡べて普通の女の皮膚が味わうと同等の触感を与えられ、襟足から手頸まで白く塗って、銀杏返しの鬘(かつら)の上にお高祖頭巾を冠り、思い切って往来の夜道へ紛れ込んで見た。 雨曇りのしたうす暗い晩であった。 千束町、清住町、龍泉寺町―――あの辺一帯の溝の多い、淋しい街を暫くさまよって見たが、交番の巡査も、通行人も、一向気が附かないようであった。 甘皮を一枚張ったようにぱさぱさ乾いている顔の上を、夜風が冷やかに撫(な)でて行く。 口辺を蔽うて居る頭巾の布が、息の為めに熱く湿って、歩くたびに長い縮緬の腰巻の裾は、じゃれるように脚へ縺(もつ)れる。 みぞおちから肋骨の辺を堅く緊め附けている丸帯と、骨盤の上を括っている扱帯の加減で、私の体の血管には、自然と女のような血が流れ始め、男らしい気分や姿勢はだんだんとなくなって行くようであった。 友禅の袖の蔭(かげ)から、お白粉を塗った手をつき出して見ると、強い頑丈な線が闇の中に消えて、白くふっくらと柔かに浮き出ている。 私は自分で自分の手の美しさに惚(ほ)れ惚(ぼ)れとした。
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