ブンゴウメール公式ブログ

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2020-09-21

秘密(21/30)

(617字。目安の読了時間:2分) 夥(おびただ)しい雨量が、天からざあざあと直瀉する喧囂(けんごう)の中に、何もかも打ち消されて、ふだん賑(にぎ)やかな広小路の通りも大概雨戸を締め切り、二三人の臀端折りの男が、敗走した兵士のように駈(か)け出して行く。 電車が時々レールの上に溜(た)まった水をほとばしらせて通る外は、ところどころの電柱や広告のあかりが、朦朧たる雨の空中をぼんやり照らしている...

2020-09-20

秘密(20/30)

(562字。目安の読了時間:2分) 其処にて当方より差し向けたるお迎いの車夫が、必ず君を見つけ出して拙宅へご案内致す可く候。 君の御住所を秘し給うと同様に、妾も今の在り家を御知らせ致さぬ所存にて、車上の君に眼隠しをしてお連れ申すよう取りはからわせ候間、右御許し下され度、若しこの一事を御承引下され候わずば、妾は永遠に君を見ることかなわず、これに過ぎたる悲しみは無之候。 私はこの手紙を読んで行...

2020-09-19

秘密(19/30)

(574字。目安の読了時間:2分) 大分昔よりは年功を経ているらしい相手の力量を測らずに、あのような真似をして、却って弱点を握られはしまいか。 いろいろの不安と疑惧に挟まれながら私は寺へ帰った。 いつものように上着を脱いで、長襦袢一枚になろうとする時、ぱらりと頭巾の裏から四角にたたんだ小さい洋紙の切れが落ちた。 「Mr. S. K.」 と書き続けたインキの痕をすかして見ると、玉甲斐絹の...

2020-09-18

秘密(18/30)

(579字。目安の読了時間:2分) こう思うと、抑え難い欲望に駆られてしなやかな女の体を、いきなりむずと鷲掴(わしづか)みにして、揺す振って見たくもなった。 君は予の誰なるかを知り給うや。 今夜久しぶりに君を見て、予は再び君を恋し始めたり。 今一度、予と握手し給うお心はなきか。 明晩もこの席に来て、予を待ち給うお心はなきか。 予は予の住所を何人にも告げ知らす事を好まねば、唯願わくは明...

2020-09-17

秘密(17/30)

(553字。目安の読了時間:2分) 男と対談する間にも時々夢のような瞳を上げて、天井を仰いだり、眉根を寄せて群衆を見下ろしたり、真っ白な歯並みを見せて微笑んだり、その度毎に全く別趣の表情が、溢れんばかりに湛(たた)えられる。 如何なる意味をも鮮やかに表し得る黒い大きい瞳は、場内の二つの宝石のように、遠い階下の隅からも認められる。 顔面の凡べての道具が単に物を見たり、嗅いだり、聞いたり、語っ...

2020-09-16

秘密(16/30)

(638字。目安の読了時間:2分) あの時分やや小太りに肥えて居た女は、神々しい迄(まで)に痩せて、すッきりとして、睫毛の長い潤味を持った円い眼が、拭うが如くに冴(さ)え返り、男を男とも思わぬような凜々(りり)しい権威さえ具えている。 触るるものに紅の血が濁染むかと疑われた生々しい唇と、耳朶の隠れそうな長い生え際ばかりは昔に変らないが、鼻は以前よりも少し嶮(けわ)しい位に高く見えた。 女は...

2020-09-15

秘密(15/30)

(604字。目安の読了時間:2分) の薫りの高い烟を私の顔に吹き附けながら、指に篏(は)めて居る宝石よりも鋭く輝く大きい瞳を、闇の中できらりと私の方へ注いだ。 あでやかな姿に似合わぬ太棹の師匠のような皺嗄(しわが)れた声、―――その声は紛れもない、私が二三年前に上海へ旅行する航海の途中、ふとした事から汽船の中で暫く関係を結んで居たT女であった。 女はその頃から、商売人とも素人とも区別のつか...

2020-09-14

秘密(14/30)

(614字。目安の読了時間:2分) 時々映画が消えてぱッと電燈がつくと、渓底から沸き上る雲のように、階下の群衆の頭の上を浮動して居る煙草の烟(けむり)の間を透かして、私は真深いお高祖頭巾の蔭から、場内に溢(あふ)れて居る人々の顔を見廻した。 そうして私の旧式な頭巾の姿を珍しそうに窺(うかが)って居る男や、粋な着附けの色合を物欲しそうに盗み視ている女の多いのを、心ひそかに得意として居た。 見...

2020-09-13

秘密(13/30)

(579字。目安の読了時間:2分) 地獄極楽の図を背景にして、けばけばしい長襦袢のまま、遊女の如くなよなよと蒲団の上へ腹這って、例の奇怪な書物のページを夜更くる迄飜(ひるがえ)すこともあった。 次第に扮装も巧くなり、大胆にもなって、物好きな聯想を醸させる為めに、匕首だの麻酔薬だのを、帯の間へ挿んでは外出した。 犯罪を行わずに、犯罪に付随して居る美しいロマンチックの匂いだけを、十分に嗅いで見...

2020-09-12

秘密(12/30)

(635字。目安の読了時間:2分) 甘いへんのうの匂いと、囁(ささや)くような衣摺れの音を立てて、私の前後を擦れ違う幾人の女の群も、皆私を同類と認めて訝(あや)しまない。 そうしてその女達の中には、私の優雅な顔の作りと、古風な衣裳の好みとを、羨ましそうに見ている者もある。 いつも見馴れて居る公園の夜の騒擾も、「秘密」を持って居る私の眼には、凡べてが新しかった。 何処へ行っても、何を見ても...

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