(662字。目安の読了時間:2分) けれど、ただ青い青い海の上に月の光りが、はてしなく照らしているばかりでありました。 娘は、また、坐って、蝋燭に絵を描いていました。 するとこの時、表の方が騒がしかったのです。 いつかの香具師が、いよいよその夜娘を連れに来たのです。 大きな鉄格子のはまった四角な箱を車に乗せて来ました。 その箱の中には、曾(かつ)て虎や、獅子や、豹などを入れたことが...
(661字。目安の読了時間:2分) そして年より夫婦に向って、 「昔から人魚は、不吉なものとしてある。今のうちに手許から離さないと、きっと悪いことがある」と、誠しやかに申したのであります。 年より夫婦は、ついに香具師の言うことを信じてしまいました。 それに大金になりますので、つい金に心を奪われて、娘を香具師に売ることに約束をきめてしまったのであります。 香具師は、大そう喜んで帰りま...
(718字。目安の読了時間:2分) そして、蝋燭を買って、山に登り、お宮に参詣して、蝋燭に火をつけて捧げ、その燃えて短くなるのを待って、またそれを戴いて帰りました。 だから、夜となく、昼となく、山の上のお宮には、蝋燭の火の絶えたことはありません。 殊に、夜は美しく燈火の光が海の上からも望まれたのであります。 「ほんとうに有りがたい神様だ」と、いう評判は世間に立ちました。 それで、急にこ...
(681字。目安の読了時間:2分) 誰でも、その絵を見ると、蝋燭がほしくなるように、その絵には、不思議な力と美しさとが籠っていたのであります。 「うまい筈だ、人間ではない人魚が描いたのだもの」と、お爺さんは感嘆して、お婆さんと話合いました。 「絵を描いた蝋燭をおくれ」と、言って、朝から、晩まで子供や、大人がこの店頭へ買いに来ました。 果して、絵を描いた蝋燭は、みんなに受けたのであります。...
(666字。目安の読了時間:2分) しかし人間の子でなくても、なんというやさしい、可愛らしい顔の女の子でありましょう」と、お婆さんは言いました。 「いいとも何んでも構わない、神様のお授けなさった子供だから大事にして育てよう。きっと大きくなったら、怜悧(りこう)ないい子になるにちがいない」と、お爺さんも申しました。 その日から、二人は、その女の子を大事に育てました。 子供は、大きくなるに...
(673字。目安の読了時間:2分) 私の分もよくお礼を申して来ておくれ」と、お爺さんは答えました。 お婆さんは、とぼとぼと家を出かけました。 月のいい晩で、昼間のように外は明るかったのであります。 お宮へおまいりをして、お婆さんは山を降りて来ますと、石段の下に赤ん坊が泣いていました。 「可哀そうに捨児だが、誰がこんな処に捨てたのだろう。それにしても不思議なことは、おまいりの帰りに私の...
(704字。目安の読了時間:2分) 遥か、彼方には、海岸の小高い山にある神社の燈火がちらちらと波間に見えていました。 ある夜、女の人魚は、子供を産み落すために冷たい暗い波の間を泳いで、陸の方に向って近づいて来ました。 二 海岸に小さな町がありました。 町にはいろいろな店がありましたが、お宮のある山の下に小さな蝋燭(ろうそく)を商っている店がありました。 その家には年よりの夫婦が...
(704字。目安の読了時間:2分) 遥か、彼方には、海岸の小高い山にある神社の燈火がちらちらと波間に見えていました。 ある夜、女の人魚は、子供を産み落すために冷たい暗い波の間を泳いで、陸の方に向って近づいて来ました。 二 海岸に小さな町がありました。 町にはいろいろな店がありましたが、お宮のある山の下に小さな蝋燭(ろうそく)を商っている店がありました。 その家には年よりの夫婦が...
(709字。目安の読了時間:2分) その人魚は女でありました。 そして妊娠でありました。 私達は、もう長い間、この淋しい、話をするものもない、北の青い海の中で暮らして来たのだから、もはや、明るい、賑(にぎや)かな国は望まないけれど、これから産れる子供に、こんな悲しい、頼りない思いをせめてもさせたくないものだ。 子供から別れて、独りさびしく海の中に暮らすということは、この上もない悲しい...
(664字。目安の読了時間:2分) 一 人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。 北の海にも棲んでいたのであります。 北方の海の色は、青うございました。 ある時、岩の上に、女の人魚があがって、あたりの景色を眺めながら休んでいました。 雲間から洩(も)れた月の光がさびしく、波の上を照していました。 どちらを見ても限りない、物凄い波がうねうねと動いているのであります...