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けれど、ただ青い青い海の上に月の光りが、はてしなく照らしているばかりでありました。
娘は、また、坐って、蝋燭に絵を描いていました。
するとこの時、表の方が騒がしかったのです。
いつかの香具師が、いよいよその夜娘を連れに来たのです。
大きな鉄格子のはまった四角な箱を車に乗せて来ました。
その箱の中には、曾(かつ)て虎や、獅子や、豹などを入れたことがあるのです。
このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、虎や、獅子と同じように取扱おうとするのであります。
もし、この箱を娘が見たら、どんなに魂消たでありましょう。
娘は、それとも知らずに、下を向いて絵を描いていました。
其処へ、お爺さんとお婆さんとが入って来て、
「さあ、お前は行くのだ」と、言って連れ出そうとしました。
娘は、手に持っている蝋燭に、せき立てられるので絵を描くことが出来ずに、それをみんな赤く塗ってしまいました。
娘は、赤い蝋燭を自分の悲しい思い出の記念に、二三本残して行ってしまったのです。
五
ほんとうに穏かな晩でありました。
お爺さんとお婆さんは、戸を閉めて寝てしまいました。
真夜中頃であります。
とん、とん、と誰か戸を叩く者がありました。
年よりのものですから耳敏く、その音を聞きつけて、誰だろうと思いました。
「どなた?」と、お婆さんは言いました。
けれどもそれには答えがなく、つづけて、とん、とん、と戸を叩きました。
お婆さんは起きて来て、戸を細目にあけて外を覗きました。
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