(510字。目安の読了時間:2分) 誰かの祝い日になると、きっとやってきて、心をこめて選んだかわいい贈物をポケットからとりだした。 誰もお礼をいうのを忘れるほどそれに馴(な)れきっていた。 彼の方では、贈物をすることがうれしくて、それだけでもう満足してるらしかった。 けれど、クリストフはいつも夜よく眠れないで、夜の間に昼間の出来事を思いかえしてみる癖があって、そんな時に、小...
(536字。目安の読了時間:2分) 生きるように、楽しく生きるように頑固に出来上ってる、丈夫な騒々しい荒っぽいクラフト家の人たちの間にあって、いわば人生の外側か端っこにうち捨てられてるこの弱い善良な二人は、今までお互に一言も口には出さなかったが、互に理解しあい憐(あわ)れみあっていた。 クリストフは子供によく見られる思いやりのない軽率さで、父や祖父の真似をして、この小さい行商人を...
(574字。目安の読了時間:2分) クリストフの祖父と父は、彼を嘲りぎみに軽蔑していた。 そのちっぽけな男がおかしく思われたし、行商人という賤(いや)しい身分に自尊心を傷つけられるのだった。 彼等はそのことをあからさまに見せつけたが、彼は気づかない様子で、彼等に深い敬意をしめしていた。 そのため、二人の気持はいくらか和いだ。 ひとから尊敬されるとそれに感じ易い老人の方は...
(506字。目安の読了時間:2分) すると小父はまっさきに笑いだし、されるままになって少しも怒らなかった。 彼はちっぽけな行商人だった。 香料、紙類、砂糖菓子、ハンケチ、襟巻、履物、缶詰、暦、小唄集、薬類など、いろんなもののはいってる大きな梱(こり)を背負って、村から村へと渡り歩いていた。 家の人たちは何度も、雑貨屋や小間物屋などの小さな店を買ってやって、そこにおちつくよう...
(501字。目安の読了時間:2分) そんなふうに、彼はすっかり甘やかされてだめになるところだった。 しかし幸なことに、彼は生まれつき賢い性質だったので、ある一人の男のよい影響をうけて救われた。 その男というのは、ほかの人に影響を与えるなどとは自分でも思っていなかったし、誰が見ても平凡な人間だった。 ――それはクリストフの母親ルイザの兄だった。 彼はルイザと同じように...
(525字。目安の読了時間:2分) …って、一家の光栄、芸術の光栄、祖国の光栄となった時、お前が有名になった時、その時になって、思い出してくれるだろうね、お前を最初に見出し、お前の将来を予言したのは、この年とったお祖父さんだったということをね……」 その日以来、クリストフはもう作曲家になったのだったから、作曲にとりかかった。 まだ字を書くことさえよく出来ないうちから、家計簿の...
(595字。目安の読了時間:2分) お前よりほかの人に知らせる必要はない。ただ……(ここで彼の声はふるえた)……ただ、あとで、お祖父さんがもういなくなった時、お前はこれを見て、年とったお祖父さんのことを思い出してくれるだろう、ねえ! お祖父さんを忘れやしないね。」 憐(あわ)れな老人は思ってることをすっかりいえなかった。 彼は、自分よりも長い生命があるに違いないと感じた孫の作...
(481字。目安の読了時間:1分) ジャン・クリストフ・クラフト作品※。 クリストフは目がくらむような気がした。 自分の名前、立派な表題、大きな帖面、自分の作品! これがそうなんだ。 ……彼はまだよく口がきけなかった。 「ああ、お祖父さん! お祖父さん!……」 老人は彼を引寄せた。 クリストフはその膝に身体を投げかけ、その胸に顔をかくした。 彼は嬉(うれ...
(447字。目安の読了時間:1分) 「考えてごらん。」 クリストフは頭をふった。 「わからないよ。」 ほんとうをいえば、思いあたることがあるのだった。 どうもこの節は……という気がした。 だがそうだとは、いいきれなかった……いいたくなかった。 「お祖父さん、わからないよ。」 彼は顔を赤らめた。 「ばかな子だね。自分のだということがわからないのかい。...
(499字。目安の読了時間:1分) 戯曲家としての才能か、音楽家としての才能か、歌い手としての才能か、または舞踊家としての才能か。 彼はそのいちばんおしまいのものだと思いたかった。 なぜなら、それを立派な才能だと思っていたから。 それから一週間たって、クリストフがそのことをすっかり忘れてしまった頃、祖父はもったいぶった様子で、彼に見せるものがあるといった。 そして机を...