(416字。目安の読了時間:1分) 一寸の間考へてから、目を輝かせ、惡くない聲で――ただ時々裏聲になつて、裂けた蘆笛のやうな音をだした――古風な小唄を一曲聞かせた。 「クリスマスが來たよ、 太鼓鳴らせうよ、 隣近所を呼び集め、 顏がそろたら、 御馳走祝うて、 風もあらしも寄せつけまいぞ……云々」 晩食のお蔭で誰も彼も陽氣になつてゐた、で、老竪琴師が召使部屋から呼びださ...
(383字。目安の読了時間:1分) 彼はまた老夫人や老い朽ちた老孃達の間では伊達者で通り、普通寧ろ若い人と見做される例であつた、そして子供仲間ではクリスマス祝祭の取持役であつた。 かうしたわけで、これ以上人氣のある人物はサイモン・ブレイスブリッジ氏の出沒する圈内には他にゐなかつた。 近年は殆ど全く老主人の邸に寄寓して執事のやうな役を勤め、わけて家長とは昔語りで馬を合せて氣に入られ、また時時...
(416字。目安の読了時間:1分) 彼はいつまでも獨身でゐて、僅かながらも自活できるほどの收入があり、それを心がけて遣へば不自由なしに暮してゆけるのだつた。 彼は血縁つづきの間を、まるで氣まぐれな彗星の軌道を運行するのと同じやうに、あちらの引つかかりから今度はそつぽの遠いつながりの處とわたり歩いてゐた。 之は親戚の澤山ある併し財産の少ししかない紳士がイギリスではよくやることであつた。 彼...
(395字。目安の読了時間:1分) お孃さんは自分のお母樣が怖い顏をして向ひ側でたしなめてゐるのを知つてゐても笑ひがとまらなかつたのである。 實際、彼は一座のうちの若い人たちにとつて人氣の的で、彼等は此の人の云ふこと爲すこと、その一つ一つの顏附にもどつと笑ひ轉(こ)けるのであつた。 それもその筈で、彼等の目にはこれが奇蹟とも云へるほど百藝に長じた人と映つたに違ひないのである。 彼はパンチ...
(373字。目安の読了時間:1分) 鼻の形は鸚鵡の嘴のやうで、顏には微かに天然痘の痕があり、秋の霜にあつた木の葉のやうに、いつも乾いて赭みを帶びてゐた。 その眼は敏捷で活々として居り、その底から覗いてゐる茶目つ氣は何人の頬をもほころばせずにおかない底のものであつた。 彼は明かに一族中の曾呂利で、婦人たちに向つて人のわるい冗談や擦を盛に投げつけ昔からの話の種をむしかへして、いつまでも皆のもの...
(385字。目安の読了時間:1分) この料理は小麥を牛乳で煮て藥味で味をつけたもので、昔クリスマス・イーヴにはお定まりの一皿であつた。 わたしにとつて嬉しかつたのは舊知のミンスト・パイをづらりと並んだ御馳走の隨員の中に見つけたことであつた。 そしてこのパイが完全に格式通りのものと分り、またこれがわたしの大好物であることを恥ぢるに及ばぬと分つたので、いつもわたし達が昔馴染の大變上品な知友に...
(418字。目安の読了時間:1分) この純眞な款待の中には何か心の底から流れ來るものがあつて、それを言葉では描き出せないが、直に精神に感應して、新來の客人をも打寛がせるのであつた。 幾分も經たぬうちに、この尊敬すべき老騎士の心地よい爐邊に座を占めてゐたわたしは、家族の一員であるかのやうに打ち融けた氣持になつてしまつてゐた。 晩餐が報ぜられて間もなくわたし達の着いた饗應の室は樫材で造られてゐ...
(441字。目安の読了時間:1分) 鐡床は大きな、のしかかるやうな煖爐から取り外されて、薪火を燃すやうにしつらへ、その眞中にはすばらしく大きい丸太が赫々と燃えさかつて、大量の光と熱とを發散してゐた。 これがユール・クロッグと云ふものだとのこと、老主人が特別に心を用ひてクリスマス・イーヴに運び込んで燃やし、昔の慣例を守つたのであつた。 まことに目に喜ばしく映つたのは老主人の姿であつた。 ...
(411字。目安の読了時間:1分) わたしは今まで廣間と呼んで置いたが、實際たしかに昔は廣間であつたもので、老主人も明かにそれを昔の儘の姿に修復しようと心掛けたものと見えた。 どつしりと突き出てゐる煖爐の上には、甲冑をつけて白馬の側に立つた武士の肖像が掛つて居り、それと向ひ合つた側の壁には兜と楯と槍が掛つてゐた。 室の一端には非常に大きな鹿の角が壁の中に嵌め込んであつて、その鹿叉は帽子や鞭...
(368字。目安の読了時間:1分) みんなは思ひ思ひのことをしてゐた、幾人かのものは銘々に札をもつて骨牌とりをする、他の幾人かは爐を圍んで話合ひ、廣間の一隅に陣取つた若い一群は、もうすこしで大人に成ると云ふ年頃やまだうら若い蕾の年頃のがまざつて賑かな遊びに我を忘れてゐた。 それからまた、木馬や、玩具の喇叭、こはれかけた人形などが床の上に狼藉の跡をとどめてゐるのは、多勢の小さい妖精たちのゐる證...