(442字。目安の読了時間:1分) 主人は人柄で、健康さうな顏附の老紳士、銀髮がかるく縮れて、隈のない赭顏を包んでゐた。 觀相家はこの赭顏の中に、わたしのやうに前以て二三の暗示を聞く便宜があれば、氣紛れと慈悲心が不思議に混り合つてゐるのを見るのである。 父子再會の有樣はいかにも愛情に滿ち溢れてゐた。 夜は更けてゐたので、老主人はわたし達に旅裳束を着替へることも許さず、すぐさま大勢集つて...
(476字。目安の読了時間:1分) それは建物の一方の端からであつたが、ブレイスブリッジの言葉によると、確に召使部屋から聞えてくるのであつて、この部屋では思ふ存分に歡を盡すことが許される、いな御主人から獎勵される位で、クリスマスの十二日間ぶつ續けだつたが、ただ何事も昔の慣例に從はねばならなかつた。 ここでは昔の遊び事がそのまま保存されて、鬼ごつこ、罰金遊び、目隱物當、白菓子盜、林檎受、葡萄取...
(413字。目安の読了時間:1分) わたしは、政治を造園の問題に結びつけるのを聞いて微笑を禁じ得なかつたので、この老紳士が自己の信條に幾分こだはりすぎはしないかと懸念する旨を述べた。 するとフランクは、この他には父が政治に觸れたのを耳にした例が殆どないと云ひ、父がこんな考へを懷いたのは或る國會議員が曾て數週間滯在してゐた間のことであると信じてゐた。 この地主殿は刈込んだ水松や型に嵌つた平場...
(396字。目安の読了時間:1分) 家の周圍の敷地の設計は、昔の一定の形式に則つたもので、人工的な花壇や刈込んだ植込、一段高くなつてゐる平場、どつしりした石造の手摺、(その上に裝飾の壺が置いてある)、銅像が一つ二つ、それに噴水などがあつた。 當主の老紳士は細心の注意を拂つて、この時代遲れの裝飾をすべて原型のままに保存しようと苦心してゐるとのことであつた。 この樣式の造園法を愛賞して、それが...
(467字。目安の読了時間:1分) 彼の聲が聞えると吼哮は歡びの叫びに變つて忽ちにして彼はこの忠實な動物どもに四方から飛びつかれ、じやれつかれて、殆ど手の下しやうがなかつた。 わたし達はもうこの古い館の全貌が見えるところに來てゐた。 建物は半ばは深い蔭の中にあり、半ばは寒い月光に照されてゐた、その形状は不規則的でずゐぶん宏壯な構へであるが、次々に異る時代に建てられたもののやうに思はれた。 ...
(383字。目安の読了時間:1分) あのいい老紳士の綱領として、自分の子供達に家庭が此の世で最も樂しいところだと感じさせようとしたのです。そしてわたしは、この味ひ盡きぬ美しい家庭的情緒を、親の與へ得る贈物のうちで最も貴いものと高く買つてゐます。」と、わたし達の話を遮つて喧しく喚きたてる犬の一軍があつた、いろいろな種類、いろいろな大きさの犬で、「雜種、兒狗、大小の獵犬、劣等種の犬」が門番の鐘の音...
(374字。目安の読了時間:1分) これらの樹々に對して何か親のやうな一種尊敬の念をわたしは感じるのです、恰度子供の時わたし達をいつくしんでくれた人々を仰ぎ見るやうなものですね。わたしの父はいつも細かに神經を働かせて、わたし達の休暇は定つてきちんと取らせ、家族と守る祝祭日にはわたし達を自分の傍に集めたものです。父はいつもわたし達の遊び事の指圖をしたり監督をしたりしましたが、それは嚴しいもので、...
(425字。目安の読了時間:1分) 友人の申出に從つて、わたしたちは馬車を降り、莊園の中を歩いて邸館まで行くことにした。 遠い距離ではなし、馬車は後からついて來るのであつた。 行く手はうねうねと續く立派な並樹道で、裸の枝の間に光をこぼしながら月は澄み渡つた大空の深い穹窿を渡つてゐた。 彼方の芝生は一面に雪に薄く蔽はれ、それが彼處此處煌いてゐるのは、月光が凍つた結晶體に反射してゐたのである...
(380字。目安の読了時間:1分) 馭者は門番の大きな鐘を鳴した、鐘の音は靜かな凍てついた空氣の中でりんりんと響き渡り、之に應じて遠くで犬の吠えたてる聲がした。 犬たちがこの邸宅を護つてゐるのと見える。 一人の老媼が直に門口に現れた。 月の光がけざやかに老女の上に降りそそいだので、わたしは一人の小造りで素朴な婦人の姿を隈なく見ることが出來た、身なりはいかにも古風な趣味で、小ざつぱりとし...
(419字。目安の読了時間:1分) あたりで一番の舊家を代表する人ではあり、また百姓たちの大部分は父の小作人なので、非常な尊敬を受けて、普通にはただ『地主樣』の名前で通つてゐます。これはもう大昔から當家の家長につけられてゐる稱號です。わたしの老父についてこれだけのことを申しておけば、これであなたも、父の變哲ぶりに喫驚なさらないで濟むでせう、でないと莫迦莫迦しく見えないとも限りませんからね。」 ...