ブンゴウメール (703字。目安の読了時間:2分) そら、こうして」 彼女は泣きこそしなかったが、まるで病人のように沈んだ様子で、顔をわななかせていた。 「あなたのことは忘れませんわ……いつまでも思い出しますわ」と彼女は言った。 「ご機嫌よう、お仕合せでね。悪くお思いにならないでね。わたくしたち、これっきりもうお別れに致しましょうね。だってそうなんですもの、二度とお目にかかってはなり...
ブンゴウメール (734字。目安の読了時間:2分) まったくの有閑三昧、誰かに見つかりはしまいかと四辺を見まわしながらびくびくものでする昼日中の接吻、炎暑、海の匂い、絶えず眼さきにちらちらしている遊惰でおしゃれな腹いっぱい満ち足りた連中、そうしたもののおかげで彼はまるでがらり別人になった観があった。 彼はアンナ・セルゲーヴナに向かって、君はじつに美人だ、じつに魅惑的なひとだなどと言い言いし...
ブンゴウメール (763字。目安の読了時間:2分) 明け方の光のなかでとても美しく見える若い女性と並んで腰をかけ、海や山や雲やひろびろとした大空やの、夢幻のようなたたずまいを眺めているうちに、いつか気持も安らかに恍惚となったグーロフは、こんなことを心に思うのだった――よくよく考えてみれば、究極のところこの世の一切はなんと美しいのだろう。 人生の高尚な目的や、わが身の人間としての品位を忘れて...
ブンゴウメール (806字。目安の読了時間:2分) 二人とも声を立てて笑うようになった。 やがて彼らが外へ出たとき、海岸通りには人影ひとつなく、町はその糸杉の木立ともどもひっそり死に果てたような様子だった。 が海は相かわらず潮騒の音を立てて、岸辺に打ち寄せていた。 艀舟が一艘、波間に揺れていて、その上でさも睡たそうに小さな灯が一つ明滅していた。 二人は辻馬車をひろって、*オレアン...
ブンゴウメール (694字。目安の読了時間:2分) わたしは好奇心で胸が燃えるようでしたの……こんな気持はあなたには分かっていただけますまいけれど、本当に私はもう自分で自分の治まりがつかなくなって、頭がどうかしてしまって、なんとしても抑えようがなくなってしまったの。そこで良人には病気だと言って、ここへやって参りましたの。……ここへ来ても、まるで酔いどれみたいに、気違いみたいに、ふらふら歩きま...
ブンゴウメール (780字。目安の読了時間:2分) アンナ・セルゲーヴナの様子は見る眼もいじらしく、その身からは、しつけのいい純真な世慣れない女性の清らかさが息吹いていた。 蝋燭がたった一本テーブルのうえに燃えて、おぼろげに彼女の顔を照らしているだけだったが、その気持の引き立たないことは見てとれた。 「君を尊敬しなくなるなんて、そんな真似がどうして僕にできるだろう?」とグーロフは聞き返...
ブンゴウメール (832字。目安の読了時間:2分) かと思えばまた――例えば彼の妻のように、その愛し方たるやさっぱり実意の伴わぬ、ごてごてと御託ばかりたっぷりな、変に気どった、ヒステリックなものであるくせに、さもさもこれは色恋などといった沙汰ではない、何かもっと意味深長なことなのですよと言わんばかりの顔をする連中もある。 それからまた、非常な美人で、冷やかでいながら、時としてその面上に、人...
いつもブンゴウメールをご利用ありがとうございます。 先日ご案内したブンゴウメールの「LINE配信機能」先行テスター募集に、たくさんのご応募ありがとうございました。 また先行テストに参加いただいたみなさん、ご協力本当にありがとうございました! というわけで、今日はフィードバックをもとに改善した「LINE配信機能」正式リリースのお知らせです。 便利なのでぜひ試してみてください! \====...
ブンゴウメール (708字。目安の読了時間:2分) 綺羅びやかな群衆がそろそろ散りはじめ、もう人の顔の見分けがつかなくなり、風もすっかり凪いでしまったが、グーロフとアンナ・セルゲーヴナは、まだ誰か船から降りて来はしまいかと心待ち顔の人のように、その場に立ちつくしていた。 アンナ・セルゲーヴナはもう黙り込んで、グーロフの方は見ずに花の匂いを嗅いでいた。 「夕方から少しはましな天気になりま...
ブンゴウメール (735字。目安の読了時間:2分) 『それにしても、あの女には何かこういじらしいところがあるわい』と彼はふと思って、そのまま眠りに落ちて行った。 二 知合いになって一週間たった。 祭日だった。 部屋のなかは蒸し暑いし、往来ではつむじ風がきりきりと砂塵を捲いて、帽子が吹き飛ばされる始末だった。 一日じゅう咽喉が渇いてならず、グーロフは幾度も喫茶店へ出掛...