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2019-05-07

犬を連れた奥さん(7/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(708字。目安の読了時間:2分)

 綺羅びやかな群衆がそろそろ散りはじめ、もう人の顔の見分けがつかなくなり、風もすっかり凪いでしまったが、グーロフとアンナ・セルゲーヴナは、まだ誰か船から降りて来はしまいかと心待ち顔の人のように、その場に立ちつくしていた。

アンナ・セルゲーヴナはもう黙り込んで、グーロフの方は見ずに花の匂いを嗅いでいた。

「夕方から少しはましな天気になりましたね」と彼は言った。

「さてこれからどこへ行きましょう? ひとつどこかへドライヴとしゃれますかな?」

 彼女はなんとも答えなかった。

 すると彼は、ややしばしじっと女を見つめていたが、いきなり抱きしめて唇に接吻した。

さっとばかり花の匂いと雫が彼にふりそそいだ。

がすぐ彼は、誰か見ていはしなかったかと、あたりをおずおず見まわした。

「あなたの所へ行きましょう。……」彼は口走るように小声でいった。

 そして二人は足早に歩きだした。

 彼女の部屋は蒸し蒸しして、日本人の店で彼女の買って来た香水の匂いがしていた。

グーロフは今またあらためて彼女を眺めながら、一生の間には実にさまざまな女に出会うものだ! と思うのだった。

これまでの生活が彼に残している思い出の女のなかには、恋のために朗らかになる性で、よしんばほんの束の間の幸福にしろ、それを与えてくれた相手に感謝を惜しまぬ、暢気でお人好しな連中もある。

かと思えばまた――例えば彼の妻のように、その愛し方たるやさっぱり実意の伴わぬ、ごてごてと御託ばかりたっぷりな、変に気どった、ヒステリックなものであるくせに、さもさもこれは色恋などといった沙汰ではない、何かもっと意味深長なことなのですよと言わんばかりの顔をする連中もある。

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