ブンゴウメール
(735字。目安の読了時間:2分)
『それにしても、あの女には何かこういじらしいところがあるわい』と彼はふと思って、そのまま眠りに落ちて行った。
二
知合いになって一週間たった。
祭日だった。
部屋のなかは蒸し暑いし、往来ではつむじ風がきりきりと砂塵を捲いて、帽子が吹き飛ばされる始末だった。
一日じゅう咽喉が渇いてならず、グーロフは幾度も喫茶店へ出掛けて行って、アンナ・セルゲーヴナにシロップ水だのアイスクリームだのをすすめた。
ほとほと身の置きどころがなかった。
夕方になって、風が少し静まると、二人は船のはいるのを見に波止場へ出掛けた。
船着場には人が大ぜい歩きまわっていた。
誰かの出迎えに集まったものと見え、手に手に花束をさげていた。
ここでもやはり際立って目につくのは、おしゃれなヤールタの群衆に見られる二つの特色だった。
年配の婦人達の若作りなことと、将軍が大ぜいいることである。
海がしけたので船はおくれて、日が沈んでからやっとはいって来た。
そして波止場に横着けになる前に、向きを変えるのに長いことかかった。
アンナ・セルゲーヴナは柄付眼鏡を当てがって、知り人を捜しでもするような様子で船や船客を眺めていたが、やがてグーロフに向かって物を言いかけたとき、その眼はきらきらと光っていた。
彼女はひどくおしゃべりになって、突拍子もない質問を次から次へと浴びせかけ、現に自分で訊いたことをすぐまた忘れてしまった。
それから人混みのなかに眼鏡をなくした。
綺羅びやかな群衆がそろそろ散りはじめ、もう人の顔の見分けがつかなくなり、風もすっかり凪いでしまったが、グーロフとアンナ・セルゲーヴナは、まだ誰か船から降りて来はしまいかと心待ち顔の人のように、その場に立ちつくしていた。
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