ブンゴウメール (591字。目安の読了時間:2分) しかしその市の尽くる処、すなわち町外ずれはかならず抹殺してはならぬ。 僕が考えには武蔵野の詩趣を描くにはかならずこの町外れを一の題目とせねばならぬと思う。 たとえば君が住まわれた渋谷の道玄坂の近傍、目黒の行人坂、また君と僕と散歩したことの多い早稲田の鬼子母神あたりの町、新宿、白金…… また武蔵野の味を知るにはその野から富士山、秩父...
ブンゴウメール (551字。目安の読了時間:2分) むろん、この堤の上を麦藁帽子とステッキ一本で散歩する自分たちをも。 七 自分といっしょに小金井の堤を散歩した朋友は、今は判官になって地方に行っているが、自分の前号の文を読んで次のごとくに書いて送ってきた。 自分は便利のためにこれをここに引用する必要を感ずる――武蔵野は俗にいう関八州の平野でもない。 また道灌が傘の代りに山...
ブンゴウメール (564字。目安の読了時間:2分) 自分たちはある橋の上に立って、流れの上と流れのすそと見比べていた。 光線の具合で流れの趣が絶えず変化している。 水上が突然薄暗くなるかとみると、雲の影が流れとともに、瞬く間に走ってきて自分たちの上まで来て、ふと止まって、きゅうに横にそれてしまうことがある。 しばらくすると水上がまばゆく煌いてきて、両側の林、堤上の桜、あたかも雨後の春草...
ブンゴウメール (598字。目安の読了時間:2分) ただこれぎりなら夏らしくもないが、さて一種の濁った色の霞のようなものが、雲と雲との間をかき乱して、すべての空の模様を動揺、参差、任放、錯雑のありさまとなし、雲を劈く光線と雲より放つ陰翳とが彼方此方に交叉して、不羈奔逸の気がいずこともなく空中に微動している。 林という林、梢という梢、草葉の末に至るまでが、光と熱とに溶けて、まどろんで、怠けて...
ブンゴウメール (654字。目安の読了時間:2分) そこで自分は夏の郊外の散歩のどんなにおもしろいかを婆さんの耳にも解るように話してみたがむだであった。 東京の人はのんきだという一語で消されてしまった。 自分らは汗をふきふき、婆さんが剥いてくれる甜瓜を喰い、茶屋の横を流れる幅一尺ばかりの小さな溝で顔を洗いなどして、そこを立ち出でた。 この溝の水はたぶん、小金井の水道から引いたものらしく...
ブンゴウメール (541字。目安の読了時間:2分) 日は富士の背に落ちんとしていまだまったく落ちず、富士の中腹に群がる雲は黄金色に染まって、見るがうちにさまざまの形に変ずる。 連山の頂は白銀の鎖のような雪がしだいに遠く北に走って、終は暗憺たる雲のうちに没してしまう。 日が落ちる、野は風が強く吹く、林は鳴る、武蔵野は暮れんとする、寒さが身に沁む、その時は路をいそぎたまえ、顧みて思わず新月...
ブンゴウメール (585字。目安の読了時間:2分) はたして変だと驚いてはいけぬ。 その時農家で尋ねてみたまえ、門を出るとすぐ往来ですよと、すげなく答えるだろう。 農家の門を外に出てみるとはたして見覚えある往来、なるほどこれが近路だなと君は思わず微笑をもらす、その時初めて教えてくれた道のありがたさが解るだろう。 真直な路で両側とも十分に黄葉した林が四五丁も続く処に出ることがある。 ...
ブンゴウメール (585字。目安の読了時間:2分) はたして変だと驚いてはいけぬ。 その時農家で尋ねてみたまえ、門を出るとすぐ往来ですよと、すげなく答えるだろう。 農家の門を外に出てみるとはたして見覚えある往来、なるほどこれが近路だなと君は思わず微笑をもらす、その時初めて教えてくれた道のありがたさが解るだろう。 真直な路で両側とも十分に黄葉した林が四五丁も続く処に出ることがある。 ...
ブンゴウメール (576字。目安の読了時間:2分) もし萱原のほうへ下りてゆくと、今まで見えた広い景色がことごとく隠れてしまって、小さな谷の底に出るだろう。 思いがけなく細長い池が萱原と林との間に隠れていたのを発見する。 水は清く澄んで、大空を横ぎる白雲の断片を鮮かに映している。 水のほとりには枯蘆がすこしばかり生えている。 この池のほとりの径をしばらくゆくとまた二つに分かれる。 ...
ブンゴウメール (553字。目安の読了時間:2分) 林と野とがかくもよく入り乱れて、生活と自然とがこのように密接している処がどこにあるか。 じつに武蔵野にかかる特殊の路のあるのはこのゆえである。 されば君もし、一の小径を往き、たちまち三条に分かるる処に出たなら困るに及ばない、君の杖を立ててその倒れたほうに往きたまえ。 あるいはその路が君を小さな林に導く。 林の中ごろに到ってまた二つ...