(404字。目安の読了時間:1分) それは、彼らの考えによれば断食芸人が何かひそかに同意してある品物から取り出すことができるはずのちょっとした飲食物をとるのを見逃がしてやっていい、というつもりらしかった。 こんな見張りたちほどに断食芸人に苦痛を与えるものはなかった。 この連中は彼を悲しませた。 断食をひどく困難にした。 ときどき彼は自分の衰弱をじっとこらえて、この連中がどんなに不当な嫌疑を自分に...
(474字。目安の読了時間:1分) 入れ変わる見物人のほかに、観客たちに選ばれた常任の見張りがいて、これが奇妙にもたいていは肉屋で、いつでも三人が同時に見張る。 彼らの役目は、断食芸人が何か人に気づかれないようなやりかたで食べものをとるようなことのないように、昼も夜も彼を見守るということだった。 だが、それはただ大衆を安心させるために取り入れられた形式にすぎなかった。 というのは、事情に通じた...
(462字。目安の読了時間:1分) 大人たちにとってはしばしばなぐさみにすぎず[#「なぐさみにすぎず」は底本では「なぐさみにすぎす」]、ただ流行だというので見るだけだが、子供たちはびっくりして口を開けたまま、安全のためにたがいに手を取り合って断食芸人の様子をながめるのだった。 断食芸人は、顔蒼ざめ、黒のトリコット製のタイツをはき、あばら骨がひどく出ており、椅子さえはねつけて、まき散らしたわらの上...
(444字。目安の読了時間:1分) この何十年かのあいだに、断食芸人たちに対する関心はひどく下落してしまった。 以前には一本立てでこの種の大きな興行を催すことがいいもうけになったのだが、今ではそんなことは不可能だ。 あのころは時代がちがっていたのだ。 あのころには町全体が断食芸人に夢中になった。 断食日から断食日へと見物人の数は増えていった。 だれもが少なくとも日に一度は断食芸人を見ようとした...
(513字。目安の読了時間:2分) 「オンバラジャア、ユウセイソワカ」私は、鉄の棒を握って、何となく空に祈った。 淋しくなった。 裏側の水上署でカラカラ鈴の鳴る音が聞える。 私は裏側へ廻(まわ)って、水色のペンキ塗りの歪んだ窓へよじ登って下を覗いてみた。 電気が煌々(こうこう)とついていた。 部屋の隅に母が鼠(ねずみ)よりも小さく私の眼に写った。 父が、その母の前で、巡査にぴしぴしビンタ...
(564字。目安の読了時間:2分) 「どぎゃん、したと?」 「お父さんが、のう……警察い行きなはった」 私は、この時の悲しみを、一生忘れないだろう。 通草のように瞼が重くなった。 「おッ母さんな、警察い、ちょっと行って来ッで、ええ子して待っとれ」 「わしも行く。――わしも云うたい、お父さん帰るごと」 「子供が行ったっちゃ、おごらるるばかり、待っとれ!」 「うんにゃ! うんにゃ! 一人じゃ淋(さ...
(574字。目安の読了時間:2分) 「早よう売らな腐る云いよった」 「そぎゃん、ひどかもん売ってもよかろか?」 「ハテ、良かろか、悪かろか、食えんもな、仕様がなかじゃなッか」 尾の道の町はずれに吉和と云う村があった。 帆布工場もあって、女工や、漁師の女達がたくさんいた。 父はよくそこへ出掛けて行った。 私は、こういうハイカラな商売は好きだと思った。 私は、赤い瓶を一ツ盗んで、はんど甕の横に隠...
(561字。目安の読了時間:2分) 数え終ると、皮剥ぎと云う魚を指差して、「これも、えっとやろか」と云った。 「魚、わしゃ、何でも好きじゃんで」 「魚屋はええど、魚ばア食える」 男の子は、いつか、自分の家の船で釣りに連れて行ってやると云った。 私は胸に血がこみあげて来るように息苦しさを感じた。 学校へ翌る日行ってみたら、その子は五年生の組長であった。 10 誰の紹介であったか、父は、どれで...
(550字。目安の読了時間:2分) 父と母が、「大阪の方へ行ってみるか」と云う風な事をよく話しだした。 私は、大阪の方へ行きたくないと思った。 いつの間にか、父の憲兵服も無くなっていた。 だから風琴がなくなった時の事を考えると、私は胸に塩が埋ったようで悲しかった。 「俥でも引っぱってみるか?」 父が、腐り切ってこう云った。 その頃、私は好きな男の子があったので、なんぼうにもそれは恥ずかしい事...
(628字。目安の読了時間:2分) 学校へ行くと、見た事もない美しい花と、石版絵がたくさん見られて楽しみであったが、大勢の子供達は、いつまでたっても、私に対して、「新馬鹿大将」を止めなかった。 「もう学校さ行きとうはなか?」 「小学校だきゃ出とらんな、おッ母さんば見てみい、本も読めんけん、いつもかつも、眠っとろうがや」 「ほんでも、うるそうして……」 「何がうるさかと?」 「云わん!」 「云わん...