(378字。目安の読了時間:1分) つぎが食事であった。 興行主は断食芸人が失心したようにうとうとしているあいだにその口に少しばかり流しこんだ。 断食芸人のこんな状態から人びとの注意をそらそうとして、陽気なおしゃべりをしながら、それをやるのだった。 つぎに観客に対して乾杯の言葉がいわれたが、これは芸人が興行主にささやいたものを興行主から観客に伝えるということになっていた。 オーケストラがにぎやか...
(404字。目安の読了時間:1分) 両脚は自己保存の本能によって膝のところでぴったり合わさっていたが、地面をまるでほんとうの地面ではないというような様子でこするのだった。 ほんとうの地面を両脚はまず最初に探しているのだった。 そして、身体全体の重みが、とはいってもごくわずかなものではあったが、二人のご婦人の一方にかかった。 その婦人は、助けを求め、あえぎながら――彼女はこの名誉な役目をこんな恐ろ...
(433字。目安の読了時間:1分) まるで、天に向って、ここのわらの上にいる天の創造物、このあわれむべき殉難者をどうか見て下さい、とさそうかのようだ。 たしかに断食芸人は殉難者ではあったが、ただまったく別な意味でなのだ。 それから興行主は断食芸人の細い胴を抱く。 その場合、誇張した慎重さで、自分は今こわれやすいようなものを扱わなければならないのだ、と見る人に信じさせようとする。 それから彼は――...
(420字。目安の読了時間:1分) なぜ彼をこんなにも感嘆していると称するこの群集がこんなにわずかしか辛抱しないのか。 彼がこれ以上断食することに耐えるのなら、なぜ群集のほうでも耐えないのか。 彼は疲れてはいたが、わらのなかでちゃんと坐っていた。 今度はきちんと長いあいだ身体を起こし、食事のあるところへ行かなければならない。 食事は、ただ考えただけで胸がむかついてきたが、それを口に出すことは助け...
(411字。目安の読了時間:1分) そして、この瞬間、断食芸人はいつでもさからおうとするのだった。 なるほど彼は自分の骨の出た両腕を自分のほうへかがんだご婦人がたの助けてくれようとしてさし出された手に進んでのせはするのだが、立ち上がろうとはしないのだ。 なぜ、まさに今、四十日後にやめるのか。 もっと長く、際限もなく長くもちこたえただろうに。 なぜ、まさに今、彼が最上の断食状態にあるところで、いや...
(420字。目安の読了時間:1分) およそ四十日ぐらいのあいだは、経験からいうとだんだんと高まっていく宣伝によって一つの町の関心をいよいよそそることができたが、それからは観衆も受けつけなくなり、客の数がぐんと減るということがはっきりみとめられるのだった。 むろんこの点では町と田舎とではわずかなちがいはあったが、通常は四十日が最大期間であるという相場だった。 そこで四十日目には、花でまわりを飾られ...
(507字。目安の読了時間:2分) 彼はそのことを秘密にしておいたわけではなかったが、人びとは彼のいうことを信じなかった。 よくいってせいぜい人は彼のことを謙遜だと考えるのだが、たいていは宣伝屋だとか、インチキ師だとか考えるのだった。 このインチキ師は、断食をやさしくすることを心得ているために断食はやさしいというわけだし、また厚かましくもそれを半ば白状さえするのだ、というわけだ。 こうしたすべて...
(412字。目安の読了時間:1分) したがって、だれも自分自身の眼でながめたことから、ほんとうに引きつづきまちがいなしに断食が実行されたかどうか、知ることはできなかった。 ただ断食芸人自身だけがそれを知ることができた。 だから彼だけが同時に、自分の断食に完全に満足している見物人であることができるのだった。 だが、彼はまた別な理由からけっして満足していなかった。 おそらく彼は断食によっては人びとの...
(431字。目安の読了時間:1分) しかし、彼がいちばん幸福なのは、やがて朝がきて、彼のほうの費用もちで見張り番たちにたっぷり朝食が運ばれ、骨の折れる徹夜のあとの健康な男たちらしい食欲で彼らがその朝食にかぶりつくときだった。 この朝食を出すことのうちに見張り番たちに不当な影響を与える買収行為を見ようとする連中さえいることはいたが、しかしそんなことはゆきすぎだった。 そういう連中が、それならただ監...
(516字。目安の読了時間:2分) 芸人にとっては、格子のすぐ前に坐り、ホールのぼんやりした夜間照明では満足しないで、興行主が自由に使うようにと渡した懐中電燈で自分を照らすような見張りたちのほうがずっと好ましかった。 そのまばゆい光は彼にはまったく平気だった。 眠ることはおよそできないが、少しばかりまどろむことは、どんな照明の下でも、どんな時間にでも、また超満員のさわがしいホールにおいてでも、で...