ブンゴウメール (575字。目安の読了時間:2分) …は二三度膝を上げ下げしたが 「結婚適齢期にしちゃあ、情操のカンカンが足りないね」 「そんなことはなくってよ、学校で操行点はAだったわよ」 みち子は柚木のいう情操という言葉の意味をわざと違えて取ったのか、本当に取り違えたものか―― 柚木は衣服の上から娘の体格を探って行った。 それは栄養不良の子供が一人前の女の嬌態をする正体を発...
ブンゴウメール (737字。目安の読了時間:2分) 「でも、男があんまり細かいことに気のつくのは偉くなれない性分じゃないのかい」 「僕だって、根からこんな性分でもなさそうだが、自然と慣らされてしまったのだね。ちっとでも自分にだらしがないところが眼につくと、自分で不安なのだ」 「何だか知らないが、欲しいものがあったら、遠慮なくいくらでもそうお云いよ」 初午の日には稲荷鮨など取寄せて、母...
ブンゴウメール (603字。目安の読了時間:2分) 生れて始めて、日々の糧の心配なく、専心に書物の中のことと、実験室の成績と突き合せながら、使える部分を自分の工夫の中へ鞣し取って、世の中にないものを創り出して行こうとする静かで足取りの確かな生活は幸福だった。 柚木は自分ながら壮躯と思われる身体に、麻布のブルーズを着て、頭を鏝で縮らし、椅子に斜に倚って、煙草を燻ゆらしている自分の姿を、柱かけ...
ブンゴウメール (691字。目安の読了時間:2分) 「なら、早くそれをやればいいじゃないか」 柚木は老妓の顔を見上げたが 「やればいいじゃないかって、そう事が簡単に……(柚木はここで舌打をした)だから君たちは遊び女といわれるんだ」 「いやそうでないね。こう云い出したからには、こっちに相談に乗ろうという腹があるからだよ。食べる方は引受けるから、君、思う存分にやってみちゃどうだね」 ...
ブンゴウメール (691字。目安の読了時間:2分) 「なら、早くそれをやればいいじゃないか」 柚木は老妓の顔を見上げたが 「やればいいじゃないかって、そう事が簡単に……(柚木はここで舌打をした)だから君たちは遊び女といわれるんだ」 「いやそうでないね。こう云い出したからには、こっちに相談に乗ろうという腹があるからだよ。食べる方は引受けるから、君、思う存分にやってみちゃどうだね」 ...
ブンゴウメール (532字。目安の読了時間:2分) 名前は柚木といった。 快活で事もなげな青年で、家の中を見廻しながら「芸者屋にしちゃあ、三味線がないなあ」などと云った。 度々来ているうち、その事もなげな様子と、それから人の気先を[#「気先を」は底本では「気先は」]撥ね返す颯爽とした若い気分が、いつの間にか老妓の手頃な言葉仇となった。 「柚木君の仕事はチャチだね。一週間と保った試しはな...
ブンゴウメール (562字。目安の読了時間:2分) 水を口から注ぎ込むとたちまち湯になって栓口から出るギザーや、煙管の先で圧すと、すぐ種火が点じて煙草に燃えつく電気莨盆や、それらを使いながら、彼女の心は新鮮に慄えるのだった。 「まるで生きものだね、ふーム、物事は万事こういかなくっちゃ……」 その感じから想像に生れて来る、端的で速力的な世界は、彼女に自分のして来た生涯を顧みさせた。 ...
ブンゴウメール (716字。目安の読了時間:2分) 芸者屋をしている表店と彼女の住っている裏の蔵附の座敷とは隔離してしまって、しもたや風の出入口を別に露地から表通りへつけるように造作したのも、その現われの一つであるし、遠縁の子供を貰って、養女にして女学校へ通わせたのもその現われの一つである。 彼女の稽古事が新時代的のものや知識的のものに移って行ったのも、或はまたその現われの一つと云えるかも...
ブンゴウメール (605字。目安の読了時間:2分) おまえさんたち」と小そのは総てを語ったのちにいう、「何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を求めているに過ぎないのだね。いまこうやって思い出して見て、この男、あの男と部分々々に牽かれるものの残っているところは、その求めている男の一部一部の切れはしなのだよ。だから、どれもこれも一人では永くは続かなかったのさ」 「そして、その求めてい...
ブンゴウメール (552字。目安の読了時間:2分) 若い芸妓たちは、とうとう髪を振り乱して、両脇腹を押え喘いでいうのだった。 「姐さん、頼むからもう止してよ。この上笑わせられたら死んでしまう」 老妓は、生きてる人のことは決して語らないが、故人で馴染のあった人については一皮剥いた彼女独特の観察を語った。 それ等の人の中には思いがけない素人や芸人もあった。 中国の名優の梅蘭芳が帝国...