ブンゴウメール (418字。目安の読了時間:1分) あかりをしたって寄って来た魚が、水の中にきらりきらりとナイフのように光った。 「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」 と巳之助は一人でいった。 しかし立去りかねて、ながいあいだ両手を垂れたままランプの鈴なりになった木を見つめていた。 ランプ、ランプ、なつかしいランプ。 ながの年月なじんで来たランプ。 「わしの、しょうばいのやめ...
ブンゴウメール (424字。目安の読了時間:1分) それにみな石油をついだ。 そしていつもあきないに出るときと同じように、車にそれらのランプをつるして、外に出た。 こんどはマッチを忘れずに持って。 道が西の峠にさしかかるあたりに、半田池という大きな池がある。 春のことでいっぱいたたえた水が、月の下で銀盤のようにけぶり光っていた。 池の岸にははんの木や柳が、水の中をのぞくようなかっ...
ブンゴウメール (431字。目安の読了時間:1分) それだけ世の中がひらけたのである。 文明開化が進んだのである。 巳之助もまた日本のお国の人間なら、日本がこれだけ進んだことを喜んでいいはずなのだ。 古い自分のしょうばいが失われるからとて、世の中の進むのにじゃましようとしたり、何の怨みもない人を怨んで火をつけようとしたのは、男として何という見苦しいざまであったことか。 世の中が進んで...
ブンゴウメール (419字。目安の読了時間:1分) 火花は飛んだが、ほくちがしめっているのか、ちっとも燃えあがらないのであった。 巳之助は火打というものは、あまり便利なものではないと思った。 火が出ないくせにカチカチと大きな音ばかりして、これでは寝ている人が眼をさましてしまうのである。 「ちえッ」と巳之助は舌打ちしていった。 「マッチを持って来りゃよかった。こげな火打みてえな古くせえ...
ブンゴウメール (468字。目安の読了時間:1分) みぞの中を鼬のように身をかがめて走ったり、藪の中を捨犬のようにかきわけたりしていった。 他人に見られたくないとき、人はこうするものだ。 区長さんの家には長い間やっかいになっていたので、よくその様子はわかっていた。 火をつけるにいちばん都合のよいのは藁屋根の牛小屋であることは、もう家を出るときから考えていた。 母屋はもうひっそり寝...
ブンゴウメール (447字。目安の読了時間:1分) 村会がすんで、いよいよ岩滑新田の村にも電燈をひくことにきまったと聞かされたときにも、巳之助は脳天に一撃をくらったような気がした。 こうたびたび一撃をくらってはたまらない、頭がどうかなってしまう、と思った。 その通りであった。 頭がどうかなってしまった。 村会のあとで三日間、巳之助は昼間もふとんをひっかぶって寝ていた。 その間に...
ブンゴウメール (523字。目安の読了時間:2分) 電燈がともるようになれば、村人たちはみんなランプを、あの甘酒屋のしたように壁の隅につるすか、倉の二階にでもしまいこんでしまうだろう。 ランプ屋のしょうばいはいらなくなるだろう。 だが、ランプでさえ村へはいって来るにはかなりめんどうだったから、電燈となっては村人たちはこわがって、なかなか寄せつけることではあるまい、と巳之助は、一方では安...
ブンゴウメール (446字。目安の読了時間:1分) ちょっと外へくびを出して町通りを見てごらんよ」 巳之助はむっつりと入口の障子をあけて、通りをながめた。 どこの家どこの店にも、甘酒屋のと同じように明かるい電燈がともっていた。 光は家の中にあまつて、道の上にまでこぼれ出ていた。 ランプを見なれていた巳之助にはまぶしすぎるほどのあかりだった。 巳之助は、くやしさに肩でいきをしながら...
ブンゴウメール (449字。目安の読了時間:1分) 見なよ、あの天井のとこを。ながねんのランプの煤であそこだけ真黒になっとるに。ランプはもうあそこにいついてしまったんだ。今になって電気たらいう便利なもんができたからとて、あそこからはずされて、あんな壁のすみっこにひっかけられるのは、ランプがかわいそうよ」 こんなふうに巳之助はランプの肩をもって、電燈のよいことはみとめなかった。 ところ...
ブンゴウメール (449字。目安の読了時間:1分) 見なよ、あの天井のとこを。ながねんのランプの煤であそこだけ真黒になっとるに。ランプはもうあそこにいついてしまったんだ。今になって電気たらいう便利なもんができたからとて、あそこからはずされて、あんな壁のすみっこにひっかけられるのは、ランプがかわいそうよ」 こんなふうに巳之助はランプの肩をもって、電燈のよいことはみとめなかった。 ところ...