(397字。目安の読了時間:1分) これはきっと私の寝ているのを起すためにやったものだろう。 そこへ他の壁が落ちかかって、私の残虐の犠牲者を、その塗りたての漆喰の壁のなかへ押しつけ、そうして、その漆喰の石灰と、火炎と、死骸から出たアンモニアとで、自分の見たような像ができあがったのだ。 いま述べた驚くべき事実を、自分の良心にたいしてはぜんぜんできなかったとしても、理性にたいして...
(370字。目安の読了時間:1分) 「妙だな!」「不思議だね?」という言葉や、その他それに似たような文句が、私の好奇心をそそった。 近づいてみると、その白い表面に薄肉彫りに彫ったかのように、巨大な猫の姿が見えた。 その痕はまったく驚くほど正確にあらわれていた。 その動物の首のまわりには縄があった。 最初この妖怪――というのは私にはそれ以外のものとは思えなかったからだが...
(356字。目安の読了時間:1分) 私の全財産はなくなり、それ以来私は絶望に身をまかせてしまった。 この災難とあの凶行とのあいだに因果関係をつけようとするほど、私は心の弱い者ではない。 しかし私は事実のつながりを詳しく述べているのであって、――一つの鐶でも不完全にしておきたくないのである。 火事のつぎの日、私は焼跡へ行ってみた。 壁は、一カ所だけをのぞいて、みんな焼け...
(389字。目安の読了時間:1分) ――眼から涙を流しながら、心に痛切な悔恨を感じながら、つるした。 ――その猫が私を慕っていたということを知っていればこそ、猫が私を怒らせるようなことはなに一つしなかったということを感じていればこそ、つるしたのだ。 ――そうすれば自分は罪を犯すのだ、――自分の不滅の魂をいとも慈悲ぶかく、いとも畏るべき神の無限の慈悲の及ばない彼方へ置く――もしそ...
(374字。目安の読了時間:1分) してはいけないという、ただそれだけの理由で、自分が邪悪な、あるいは愚かな行為をしていることに、人はどんなにかしばしば気づいたことであろう。 人は、掟を、単にそれが掟であると知っているだけのために、その最善の判断に逆らってまでも、その掟を破ろうとする永続的な性向を、持っていはしないだろうか? この天邪鬼の心持がいま言ったように、私の最後の破滅を来た...
(449字。目安の読了時間:1分) 眼のなくなった眼窩はいかにも恐ろしい様子をしてはいたが、もう痛みは少しもないようだった。 彼はもとどおりに家のなかを歩きまわっていたけれども、当りまえのことであろうが私が近づくとひどく恐ろしがって逃げて行くのだった。 私は、前にあんなに自分を慕っていた動物がこんなに明らかに自分を嫌うようになったことを、初めは悲しく思うくらいに、昔の心が残って...
(372字。目安の読了時間:1分) そしてジン酒におだてられた悪鬼以上の憎悪が体のあらゆる筋肉をぶるぶる震わせた。 私はチョッキのポケットからペンナイフを取り出し、それを開き、そのかわいそうな動物の咽喉をつかむと、悠々とその眼窩から片眼をえぐり取った。 この憎むべき凶行をしるしながら、私は面をあからめ、体がほてり、身ぶるいする。 朝になって理性が戻ってきたとき――一晩眠っ...
(450字。目安の読了時間:1分) けれども、兎や、猿や、あるいは犬でさえも、なにげなく、または私を慕って、そばへやって来ると、遠慮なしにいじめてやったものだったのだが、プルートォをいじめないでおくだけの心づかいはまだあった。 しかし私の病気はつのってきて――ああ、アルコールのような恐ろしい病気が他にあろうか! ――ついにはプルートォでさえ――いまでは年をとって、したがっていくらか...
(387字。目安の読了時間:1分) 往来へまでついて来ないようにするのには、かなり骨が折れるくらいであった。 私と猫との親しみはこんなぐあいにして数年間つづいたが、そのあいだに私の気質や性格は一般に――酒癖という悪鬼のために――急激に悪いほうへ(白状するのも恥ずかしいが)変ってしまった。 私は一日一日と気むずかしくなり、癇癪もちになり、他人の感情などちっともかまわなくなってし...
(387字。目安の読了時間:1分) 私たちは鳥類や、金魚や、一匹の立派な犬や、兎や、一匹の小猿や、一匹の猫などを飼った。 この最後のものは非常に大きな美しい動物で、体じゅう黒く、驚くほどに利口だった。 この猫の知恵のあることを話すときには、心ではかなり迷信にかぶれていた妻は、黒猫というものがみんな魔女が姿を変えたものだという、あの昔からの世間の言いつたえを、よく口にしたものだ...