(279字。目安の読了時間:1分) えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。 焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。 それが来たのだ。 これはちょっといけなかった。 結果した肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。 また背を焼くような借金などがいけないのではない。 ...
(330字。目安の読了時間:1分) 次の瞬間には、幾本かの逞しい腕が壁をせっせとくずしていた。 壁はそっくり落ちた。 もうひどく腐爛して血魂が固まりついている死骸が、そこにいた人々の眼前にすっくと立った。 その頭の上に、赤い口を大きくあけ、爛々たる片眼を光らせて、あのいまわしい獣が坐っていた。 そいつの奸策が私をおびきこんで人殺しをさせ、そいつのたてた声が私を絞刑吏に引...
(379字。目安の読了時間:1分) だが、神よ、魔王の牙より私を護りまた救いたまえ! 私の打った音の反響が鎮まるか鎮まらぬかに、その墓のなかから一つの声が私に答えたのであった! ――初めは、子供の啜り泣きのように、なにかで包まれたような、きれぎれな叫び声であったが、それから急に高まって、まったく異様な、人間のものではない、一つの長い、高い、連続した金切声となり、――地獄に墜ちてもだえ...
(394字。目安の読了時間:1分) 私は、凱歌のつもりでたった一言でも言ってやり、また自分の潔白を彼らに確かな上にも確かにしてやりたくてたまらなかった。 「皆さん」と、とうとう私は、一行が階投をのぼりかけたときに、言った。 「お疑いが晴れたことをわたしは嬉しく思います。皆さん方のご健康を祈り、それからも少し礼儀を重んぜられんことを望みます。ときに、皆さん、これは――これはなかな...
(373字。目安の読了時間:1分) 殺人をしてから四日目に、まったく思いがけなく、一隊の警官が家へやって来て、ふたたび屋内を厳重に調べにかかった。 けれども、自分の隠匿の場所はわかるはずがないと思って、私はちっともどぎまぎしなかった。 警官は私に彼らの捜索について来いと命じた。 彼らはすみずみまでも残るくまなく捜した。 とうとう、三度目か四度目に穴蔵へ降りて行った。 ...
(465字。目安の読了時間:1分) その厭でたまらない生きものがいなくなったために私の胸に生じた、深い、この上なく幸福な、安堵の感じは、記述することも、想像することもできないくらいである。 猫はその夜じゅう姿をあらわさなかった。 ――で、そのために、あの猫を家へ連れてきて以来、少なくとも一晩だけは、私はぐっすりと安らかに眠った。 そうだ、魂に人殺しの重荷を負いながらも眠った...
(367字。目安の読了時間:1分) 壁には手を加えたような様子が少しも見えなかった。 床の上の屑はごく注意して拾い上げた。 私は得意になってあたりを見まわして、こう独言を言った。 ――「さあ、これで少なくとも今度だけは己の骨折りも無駄じゃなかったぞ」 次に私のやることは、かくまでの不幸の原因であったあの獣を捜すことであった。 とうとう私はそれを殺してやろうと堅く決...
(376字。目安の読了時間:1分) その上に、一方の壁には、穴蔵の他のところと同じようにしてある、見せかけだけの煙突か暖炉のためにできた、突き出た一カ所があった。 ここの煉瓦を取りのけて、死骸を押しこみ、誰の目にもなに一つ怪しいことの見つからないように、前のとおりにすっかり壁を塗り潰すことは、造作なくできるにちがいない、と私は思った。 そしてこの予想ははずれなかった。 鉄...
(376字。目安の読了時間:1分) その上に、一方の壁には、穴蔵の他のところと同じようにしてある、見せかけだけの煙突か暖炉のためにできた、突き出た一カ所があった。 ここの煉瓦を取りのけて、死骸を押しこみ、誰の目にもなに一つ怪しいことの見つからないように、前のとおりにすっかり壁を塗り潰すことは、造作なくできるにちがいない、と私は思った。 そしてこの予想ははずれなかった。 鉄...
(405字。目安の読了時間:1分) いろいろの計画が心に浮んだ。 あるときは死骸を細かく切って火で焼いてしまおうと考えた。 またあるときには穴蔵の床にそれを埋める穴を掘ろうと決心した。 さらにまた、庭の井戸のなかへ投げこもうかとも――商品のように箱のなかへ入れて普通やるように荷造りして、運搬人に家から持ち出させようかとも、考えてみた。 最後に、これらのどれよりもずっとい...