ブンゴウメール公式ブログ

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2021-05-12

トカトントン(12/31)

(509字。目安の読了時間:2分) ごはんの知らせが来ても、私は、からだ工合が悪いから、きょうは起きない、とぶっきらぼうに言い、その日は局でも一ばんいそがしかったようで、最も優秀な働き手の私に寝込まれて実にみんな困った様子でしたが、私は終日うつらうつら眠っていました。 伯父への御恩返しも、こんな私の我儘のために、かえってマイナスになったようでしたが、もはや、私には精魂こめて働く気などは少しも...

2021-05-11

トカトントン(11/31)

(572字。目安の読了時間:2分)  そんなに働いて、死んだように眠って、そうして翌る朝は枕元の目ざまし時計の鳴ると同時にはね起き、すぐ局へ出て大掃除をはじめます。 掃除などは、女の局員がする事になっていたのですが、その円貨切り換えの大騒ぎがはじまって以来、私の働き振りに異様なハズミがついて、何でもかでも滅茶苦茶に働きたくなって、きのうよりは今日、きょうよりは明日と物凄い加速度を以て、ほとん...

2021-05-10

トカトントン(10/31)

(515字。目安の読了時間:2分) …山のような名家になろうなどという大それた野心を起す事はなく、まあ片田舎のディレッタント、そうして自分に出来る精一ぱいの仕事は、朝から晩まで郵便局の窓口に坐って、他人の紙幣をかぞえている事、せいぜいそれくらいのところだが、私のような無能無学の人間には、そんな生活だって、あながち堕落の生活ではあるまい。 謙譲の王冠というものも、有るかも知れぬ。 平凡な日々...

2021-05-09

トカトントン(9/31)

(598字。目安の読了時間:2分) 銭湯を出て、橋を渡り、家へ帰って黙々とめしを食い、それから自分の部屋に引き上げて、机の上の百枚ちかくの原稿をぱらぱらとめくって見て、あまりのばかばかしさに呆(あき)れ、うんざりして、破る気力も無く、それ以後の毎日の鼻紙に致しました。 それ以来、私はきょうまで、小説らしいものは一行も書きません。 伯父のところに、わずかながら蔵書がありますので、時たま明治大...

2021-05-08

トカトントン(8/31)

(459字。目安の読了時間:1分) …書くにあたり、オネーギンの終章のような、あんなふうの華やかな悲しみの結び方にしようか、それともゴーゴリの「喧嘩噺(けんかばなし)」式の絶望の終局にしようか、などひどい興奮でわくわくしながら、銭湯の高い天井からぶらさがっている裸電球の光を見上げた時、トカトントン、と遠くからあの金槌の音が聞えたのです。 とたんに、さっと浪がひいて、私はただ薄暗い湯槽の隅で、...

2021-05-07

トカトントン(7/31)

(696字。目安の読了時間:2分) …に私からミリタリズムの幻影を剥(は)ぎとってくれて、もう再び、あの悲壮らしい厳粛らしい悪夢に酔わされるなんて事は絶対に無くなったようですが、しかしその小さい音は、私の脳髄の金的を射貫いてしまったものか、それ以後げんざいまで続いて、私は実に異様な、いまわしい癲癇(てんかん)持ちみたいな男になりました。  と言っても決して、兇暴な発作などを起すというわけでは...

2021-05-06

トカトントン(6/31)

(498字。目安の読了時間:1分) 前方の森がいやにひっそりして、漆黒に見えて、そのてっぺんから一むれの小鳥が一つまみの胡麻粒を空中に投げたように、音もなく飛び立ちました。  ああ、その時です。 背後の兵舎のほうから、誰やら金槌で釘(くぎ)を打つ音が、幽かに、トカトントンと聞えました。 それを聞いたとたんに、眼から鱗(うろこ)が落ちるとはあんな時の感じを言うのでしょうか、悲壮も厳粛も一瞬...

2021-05-05

トカトントン(5/31)

(509字。目安の読了時間:2分)  昭和二十年八月十五日正午に、私たちは兵舎の前の広場に整列させられて、そうして陛下みずからの御放送だという、ほとんど雑音に消されて何一つ聞きとれなかったラジオを聞かされ、そうして、それから、若い中尉がつかつかと壇上に駈けあがって、 「聞いたか。わかったか。日本はポツダム宣言を受諾し、降参をしたのだ。しかし、それは政治上の事だ。われわれ軍人は、あく迄(まで)...

2021-05-04

トカトントン(4/31)

(617字。目安の読了時間:2分) やがて、日本は無条件降伏という事になり、私も故郷にかえり、Aの郵便局に勤めましたが、こないだ青森へ行ったついでに、青森の本屋をのぞき、あなたの作品を捜して、そうしてあなたも罹災して生れた土地の金木町に来ているという事を、あなたの作品に依って知り、再び胸のつぶれる思いが致しました。 それでも私は、あなたの御生家に突然たずねて行く勇気は無く、いろいろ考えた末、...

2021-05-03

トカトントン(3/31)

(501字。目安の読了時間:2分) 私はあなたが、あの豊田さんのお家にいらした事があるのだという事を知り、よっぽど当代の太左衛門さんにお願いして紹介状を書いていただき、あなたをおたずねしようかと思いましたが、小心者ですから、ただそれを空想してみるばかりで、実行の勇気はありませんでした。  そのうちに私は兵隊になって、千葉県の海岸の防備にまわされ、終戦までただもう毎日々々、穴掘りばかりやらされ...

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