(532字。目安の読了時間:2分) 老博士の卓子(テーブル)(その脚には、本物の獅子の足が、爪さえそのままに使われている)の上には、毎日、累々たる瓦の山がうずたかく積まれた。 それら重量ある古知識の中から、彼は、文字の霊についての説を見出そうとしたが、無駄であった。 文字はボルシッパなるナブウの神の司りたもう所とより外には何事も記されていないのである。 文字に霊ありや無しやを、彼は自力で解決せね...
(495字。目安の読了時間:1分) 文字の霊などというものが、一体、あるものか、どうか。 アッシリヤ人は無数の精霊を知っている。 夜、闇の中を跳梁するリル、その雌のリリツ、疫病をふり撒(ま)くナムタル、死者の霊エティンム、誘拐者ラバス等、数知れぬ悪霊共がアッシリヤの空に充ち満ちている。 しかし、文字の精霊については、まだ誰も聞いたことがない。 その頃――というのは、アシュル・バニ・アパル大...
(389字。目安の読了時間:1分) あんなに長いこと荒れ果てていた檻のなかにこの野獣が跳び廻っているのをながめることは、どんなに鈍感な人間にとってもはっきり感じられる気ばらしであった。 豹には何一つ不自由なものはなかった。 豹がうまいと思う食べものは、番人たちがたいして考えずにどんどん運んでいった。 豹は自由がないことを全然残念がってはいないように見えた。 あらゆる必要なものをほとんど破裂せんば...
(472字。目安の読了時間:1分) 耳を格子にあてていた監督だけが、芸人のいうことがわかった。 「いいとも」と、監督はいって、指を額に当て、それによって断食芸人の状態を係員たちにほのめかした。 少し頭にきている、というしぐさだ。 「許してやるともさ」 「いつもおれは、みんながおれの断食に感心することを望んでいたんだ」と、断食芸人はいった。 「みんな、感心しているよ」と、監督は芸人の意を迎えるよう...
(414字。目安の読了時間:1分) 「それはな、おれが」と、断食芸人はいって、小さな頭を少しばかりもたげ、まるで接吻するように唇をとがらして、ひとことでももれてしまわないように監督のすぐ耳もとでささやいた。 「うまいと思う食べものを見つけることができなかったからだ。うまいと思うものを見つけていたら、きっと、世間の評判になんかならないで、きっとあんたやほかの人たちみたいに腹いっぱい食っていたことだ...
(412字。目安の読了時間:1分) というのは、断食芸人はあざむいたりせず、正直に働いていたのだが、世間のほうが彼をあざむいて彼の当然もらうべき報酬を奪ってしまったのだった。 だが、それからふたたび多くの日々が流れ過ぎて、それもついに終りになった。 あるとき、この檻が一人の監督の眼にとまって、なぜこの十分使える檻を、腐ったわらをなかにいれたまま、こんなところに利用もしないでほっておくのか、と小...
【1/30】(666字。目安の読了時間:2分) 桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。 なぜ嘘かと申しますと、桜の花の下へ人がより集って酔っ払ってゲロを吐いて喧嘩(けんか)して、これは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。 近頃は桜の花の下といえば人間が...
(445字。目安の読了時間:1分) やりとげた断食日数を示す数字を書いた小さな黒板は、最初のうちは念入りに毎日書きあらためられていたのだったが、もうずっと前からいつでも同じものになっていた。 というのは、最初の一週間が過ぎると係員自身がこのつまらぬ仕事にあきてしまった。 そこで、断食芸人は以前夢見たように断食をつづけていき、苦もなくあの当時に予言したようにそれをうまくやりとげることができはしたの...
(426字。目安の読了時間:1分) とはいっても、小さな障害にすぎないのだ。 しかも、いよいよ小さくなっていく障害なのだ。 この今日において断食芸人に対する注目を集めようという風変りな趣向にも、人びとはもう慣れてしまい、この慣れによって芸人に関する判断も下されるのだ。 彼はおよそできるだけ断食をしたいだけだ。 そして、それをやりもした。 しかし、もう何ごとも彼を救うことはできず、人びとは彼のそ...
(449字。目安の読了時間:1分) 動物小屋の臭気の発散、夜間における動物たちのざわめき、猛獣たちにやるため眼の前を運ばれていく生肉、餌をやるときのけものの叫び声、こうしたものが芸人をひどく傷つけ、たえず彼の心を押しつけるということは別としても、サーカスの連中は芸人をこんなに動物小屋の近くに置くことによって、場所の選択をあまりに手軽にやってしまったのだ。 しかし、サーカスの幹部にその事情をよく説...