(539字。目安の読了時間:2分) 読み、諳んじ、愛撫するだけではあきたらず、それを愛するの余りに、彼は、ギルガメシュ伝説の最古版の粘土板を噛砕き、水に溶かして飲んでしまったことがある。 文字の精は彼の眼を容赦なく喰い荒し、彼は、ひどい近眼である。 余り眼を近づけて書物ばかり読んでいるので、彼の鷲形の鼻の先は、粘土板と擦れ合って固い胼胝(たこ)が出来ている。 文字の精は、また、彼の脊骨をも蝕(...
(501字。目安の読了時間:2分) これは統計の明らかに示す所である。 文字に親しむようになってから、女を抱いても一向楽しゅうなくなったという訴えもあった。 もっとも、こう言出したのは、七十歳を越した老人であるから、これは文字のせいではないかも知れぬ。 ナブ・アヘ・エリバはこう考えた。 埃及人は、ある物の影を、その物の魂の一部と見做しているようだが、文字は、その影のようなものではないのか。 獅...
(501字。目安の読了時間:2分) 乗物が発明されて、人間の脚が弱く醜くなった。 文字が普及して、人々の頭は、もはや、働かなくなったのである。 ナブ・アヘ・エリバは、ある書物狂の老人を知っている。 その老人は、博学なナブ・アヘ・エリバよりも更に博学である。 彼は、スメリヤ語やアラメヤ語ばかりでなく、紙草や羊皮紙に誌された埃及文字まですらすらと読む。 およそ文字になった古代のことで、彼の知らぬこ...
(501字。目安の読了時間:2分) 乗物が発明されて、人間の脚が弱く醜くなった。 文字が普及して、人々の頭は、もはや、働かなくなったのである。 ナブ・アヘ・エリバは、ある書物狂の老人を知っている。 その老人は、博学なナブ・アヘ・エリバよりも更に博学である。 彼は、スメリヤ語やアラメヤ語ばかりでなく、紙草や羊皮紙に誌された埃及文字まですらすらと読む。 およそ文字になった古代のことで、彼の知らぬこ...
(513字。目安の読了時間:2分) 彼は眼から鱗の落ちた思がした。 単なるバラバラの線に、一定の音と一定の意味とを有たせるものは、何か? ここまで思い到った時、老博士は躊躇なく、文字の霊の存在を認めた。 魂によって統べられない手・脚・頭・爪・腹等が、人間ではないように、一つの霊がこれを統べるのでなくて、どうして単なる線の集合が、音と意味とを有つことが出来ようか。 この発見を手始めに、今まで知ら...
(552字。目安の読了時間:2分) それによれば、文字を覚えてから急に蝨(しらみ)を捕るのが下手になった者、眼に埃(ほこり)が余計はいるようになった者、今まで良く見えた空の鷲(わし)の姿が見えなくなった者、空の色が以前ほど碧(あお)くなくなったという者などが、圧倒的に多い。 「文字ノ精ガ人間ノ眼ヲ喰(く)イアラスコト、猶、蛆虫ガ胡桃ノ固キ殻ヲ穿(うが)チテ、中ノ実ヲ巧ニ喰イツクスガ如シ」と、ナブ...
(501字。目安の読了時間:2分) これは統計の明らかに示す所である。 文字に親しむようになってから、女を抱いても一向楽しゅうなくなったという訴えもあった。 もっとも、こう言出したのは、七十歳を越した老人であるから、これは文字のせいではないかも知れぬ。 ナブ・アヘ・エリバはこう考えた。 埃及人は、ある物の影を、その物の魂の一部と見做しているようだが、文字は、その影のようなものではないのか。 獅...
(552字。目安の読了時間:2分) それによれば、文字を覚えてから急に蝨(しらみ)を捕るのが下手になった者、眼に埃(ほこり)が余計はいるようになった者、今まで良く見えた空の鷲(わし)の姿が見えなくなった者、空の色が以前ほど碧(あお)くなくなったという者などが、圧倒的に多い。 「文字ノ精ガ人間ノ眼ヲ喰(く)イアラスコト、猶、蛆虫ガ胡桃ノ固キ殻ヲ穿(うが)チテ、中ノ実ヲ巧ニ喰イツクスガ如シ」と、ナブ...
(533字。目安の読了時間:2分) 千に余るバビロンの俘囚はことごとく舌を抜いて殺され、その舌を集めたところ、小さな築山が出来たのは、誰知らぬ者のない事実である。 舌の無い死霊に、しゃべれる訳がない。 星占や羊肝卜で空しく探索した後、これはどうしても書物共あるいは文字共の話し声と考えるより外はなくなった。 ただ、文字の霊(というものが在るとして)とはいかなる性質をもつものか、それが皆目判らない。...
(513字。目安の読了時間:2分) 彼は眼から鱗の落ちた思がした。 単なるバラバラの線に、一定の音と一定の意味とを有たせるものは、何か? ここまで思い到った時、老博士は躊躇なく、文字の霊の存在を認めた。 魂によって統べられない手・脚・頭・爪・腹等が、人間ではないように、一つの霊がこれを統べるのでなくて、どうして単なる線の集合が、音と意味とを有つことが出来ようか。 この発見を手始めに、今まで知ら...