(509字。目安の読了時間:2分) 文字に親しみ過ぎてかえって文字に疑を抱くことは、決して矛盾ではない。 先日博士は生来の健啖に任せて羊の炙肉をほとんど一頭分も平らげたが、その後当分、生きた羊の顔を見るのも厭になったことがある。 青年歴史家が帰ってからしばらくして、ふと、ナブ・アヘ・エリバは、薄くなった縮れっ毛の頭を抑えて考え込んだ。 今日は、どうやら、わしは、あの青年に向って、文字の霊の威力...
(519字。目安の読了時間:2分) 太古以来のアヌ・エンリルの書に書上げられていない星は、なにゆえに存在せぬか? それは、彼等がアヌ・エンリルの書に文字として載せられなかったからじゃ。 大マルズック星(木星)が天界の牧羊者(オリオン)の境を犯せば神々の怒が降るのも、月輪の上部に蝕(しょく)が現れればフモオル人が禍を蒙(こうむ)るのも、皆、古書に文字として誌されてあればこそじゃ。 古代スメリヤ人が...
(519字。目安の読了時間:2分) 太古以来のアヌ・エンリルの書に書上げられていない星は、なにゆえに存在せぬか? それは、彼等がアヌ・エンリルの書に文字として載せられなかったからじゃ。 大マルズック星(木星)が天界の牧羊者(オリオン)の境を犯せば神々の怒が降るのも、月輪の上部に蝕(しょく)が現れればフモオル人が禍を蒙(こうむ)るのも、皆、古書に文字として誌されてあればこそじゃ。 古代スメリヤ人が...
(521字。目安の読了時間:2分) 博士はそれを感じたが、はっきり口で言えないので、次のように答えた。 歴史とは、昔在った事柄で、かつ粘土板に誌されたものである。 この二つは同じことではないか。 書洩らしは? と歴史家が聞く。 書洩らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。 芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。 歴史とはな、この粘土板のことじゃ。 若い歴史家は情...
(521字。目安の読了時間:2分) 博士はそれを感じたが、はっきり口で言えないので、次のように答えた。 歴史とは、昔在った事柄で、かつ粘土板に誌されたものである。 この二つは同じことではないか。 書洩らしは? と歴史家が聞く。 書洩らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。 芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。 歴史とはな、この粘土板のことじゃ。 若い歴史家は情...
(508字。目安の読了時間:2分) 老博士が呆(あき)れた顔をしているのを見て、若い歴史家は説明を加えた。 先頃のバビロン王シャマシュ・シュム・ウキンの最期について色々な説がある。 自ら火に投じたことだけは確かだが、最後の一月ほどの間、絶望の余り、言語に絶した淫蕩の生活を送ったというものもあれば、毎日ひたすら潔斎してシャマシュ神に祈り続けたというものもある。 第一の妃ただ一人と共に火に入ったとい...
(508字。目安の読了時間:2分) 老博士が呆(あき)れた顔をしているのを見て、若い歴史家は説明を加えた。 先頃のバビロン王シャマシュ・シュム・ウキンの最期について色々な説がある。 自ら火に投じたことだけは確かだが、最後の一月ほどの間、絶望の余り、言語に絶した淫蕩の生活を送ったというものもあれば、毎日ひたすら潔斎してシャマシュ神に祈り続けたというものもある。 第一の妃ただ一人と共に火に入ったとい...
(539字。目安の読了時間:2分) 読み、諳んじ、愛撫するだけではあきたらず、それを愛するの余りに、彼は、ギルガメシュ伝説の最古版の粘土板を噛砕き、水に溶かして飲んでしまったことがある。 文字の精は彼の眼を容赦なく喰い荒し、彼は、ひどい近眼である。 余り眼を近づけて書物ばかり読んでいるので、彼の鷲形の鼻の先は、粘土板と擦れ合って固い胼胝(たこ)が出来ている。 文字の精は、また、彼の脊骨をも蝕(...
(532字。目安の読了時間:2分) 侍医のアラッド・ナナは、この病軽からずと見て、大王のご衣裳を借り、自らこれをまとうて、アッシリヤ王に扮(ふん)した。 これによって、死神エレシュキガルの眼を欺き、病を大王から己の身に転じようというのである。 この古来の医家の常法に対して、青年の一部には、不信の眼を向ける者がある。 これは明らかに不合理だ、エレシュキガル神ともあろうものが、あんな子供瞞(だま)し...
(532字。目安の読了時間:2分) 侍医のアラッド・ナナは、この病軽からずと見て、大王のご衣裳を借り、自らこれをまとうて、アッシリヤ王に扮(ふん)した。 これによって、死神エレシュキガルの眼を欺き、病を大王から己の身に転じようというのである。 この古来の医家の常法に対して、青年の一部には、不信の眼を向ける者がある。 これは明らかに不合理だ、エレシュキガル神ともあろうものが、あんな子供瞞(だま)し...