ブンゴウメール公式ブログ

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2020-01-20

檸檬(20/23)

(235字。目安の読了時間:1分) 手の筋肉に疲労が残っている。 私は憂鬱になってしまって、自分が抜いたまま積み重ねた本の群を眺めていた。  以前にはあんなに私をひきつけた画本がどうしたことだろう。 一枚一枚に眼を晒(さら)し終わって後、さてあまりに尋常な周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前には好んで味わっていたものであった。 …… 「あ、そうだそう...

2020-01-19

檸檬(19/23)

(274字。目安の読了時間:1分) しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。 しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る。 それも同じことだ。 それでいて一度バラバラとやってみなくては気が済まないのだ。 それ以上は堪らなくなってそこへ置いてしまう。 以前の位置へ戻すことさえできない。 私は...

2020-01-18

檸檬(18/23)

(285字。目安の読了時間:1分) 平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた。 「今日は一つ入ってみてやろう」そして私はずかずか入って行った。  しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。 香水の壜にも煙管にも私の心はのしかかってはゆかなかった。 憂鬱が立て罩(こ)めて来る、私は歩き廻った疲労が出て来た...

2020-01-17

檸檬(17/23)

(260字。目安の読了時間:1分) 汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思ったり、  ――つまりはこの重さなんだな。 ――  その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――...

2020-01-16

檸檬(16/23)

(329字。目安の読了時間:1分) そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか身内に元気が目覚めて来たのだった。 ……  実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える――それがあの頃のことな...

2020-01-15

檸檬(15/23)

(297字。目安の読了時間:1分) 事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。 その熱い故だったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。  私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅いでみた。 それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。 漢文で習った「売柑...

2020-01-14

檸檬(14/23)

(269字。目安の読了時間:1分) 私は長い間街を歩いていた。 始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛(ゆる)んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。 あんなに執拗かった憂鬱が、そんなものの一顆で紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。 それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。  その檸檬の冷...

2020-01-13

檸檬(13/23)

(241字。目安の読了時間:1分) というのはその店には珍しい檸檬(れもん)が出ていたのだ。 檸檬などごくありふれている。 がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。 いったい私はあの檸檬が好きだ。 レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まっ...

2020-01-12

檸檬(12/23)

(352字。目安の読了時間:1分) もう一つはその家の打ち出した廂(ひさし)なのだが、その廂が眼深に冠った帽子の廂のように――これは形容というよりも、「おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞ」と思わせるほどなので、廂の上はこれも真暗なのだ。 そう周囲が真暗なため、店頭に点けられた幾つもの電燈が驟雨のように浴びせかける絢爛(けんらん)は、周囲の何者にも奪われることなく、ほしい...

2020-01-11

檸檬(11/23)

(249字。目安の読了時間:1分) それがどうしたわけかその店頭の周囲だけが妙に暗いのだ。 もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かったのが瞭然しない。 しかしその家が暗くなかったら、あんなにも私を誘惑するには至らなかったと思う。 もう一つはその家の打ち出した廂(ひさし)なのだが、その廂が眼...

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