檸檬 梶井基次郎 えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終|圧《おさ》えつけていた。 焦躁《しょうそう》と言おうか、嫌悪と言おうか——酒を飲んだあとに宿酔《ふつかよい》があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。 それが来たのだ。 これはちょっといけなかった。 結果した肺尖《はいせん》カタルや神経衰弱がいけないのではない。 また背を焼くような借金などがいけない...
地獄變 芥川龍之介 \------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)大殿樣《おほとのさま》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)丁度|惡戯盛《いたづらさか》りの [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (数字は、JIS X 0...
よく馴れてゐるではないか。」と、鳥の方へ頤をやります。 「これは何と云ふものでございませう。私はついぞまだ、見た事がございませんが。」 弟子はかう申しながら、この耳のある、猫のやうな鳥を、氣味惡さうにじろじろ眺めますと、良秀は不相變《あひかはらず》何時もの嘲笑《あざわら》ふやうな調子で、 「なに、見た事がない? 都育《みやこそだ》ちの人間はそれだから困る。これは二三日前に鞍馬の獵師がわしにくれ...