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松村はそれを信ぜぬように、幾度も幾度も見直していた。 そうしている内に、彼の顔からは、あの笑いの影がすっかり消去って了った。 そして、後には深い深い沈黙が残った。 私は済まぬという心持で一杯であった。 私は、私の遣り過ぎたいたずらについて説明した。 けれども、松村はそれを聞こうともしなかった。 その日一日はただ唖者の様に黙り込んでいた。 これで、このお話はおしまいである。 けれども、読者諸君の好奇心を充す為に、私のいたずらについて、一言説明して置かねばならぬ。 正直堂という印刷屋は、実は私の遠い親戚であった。 私はある日、せっぱ詰った苦しまぎれに、そのふだんは不義理を重ねている所の親戚のことを思出した。 そして、いくらでも金の都合がつけばと思って、進まぬながら久し振りでそこを訪問した。 ――無論このことについては松村は少しも知らなかった。 ――借金の方は予想通り失敗であったが、その時図らずも、あの本物と少しも違わない様な、其時は印刷中であった所の、玩具の札を見たのである。 そしてそれが、大黒屋という長年の御得意先の註文品だということを聞いたのである。 私はこの発見を、我々の毎日の話柄となっていた、あの紳士泥坊の一件と結びつけて、一芝居打って見ようと、下らぬいたずらを思いついたのであった。 それは、私も松村と同様に、頭のよさについて、私の優越を示す様な材料が掴(つか)み度いと、日頃から熱望していたからであった。
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