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――案の定印刷屋は、金のことなんかは一言も云わないで、品物を渡して呉れたよ。――かようにして、まんまと首尾よく五万円を横取りした訳さ。……さてその使途だ。どうだ。何か、考はないかね」 松村が、これ程興奮して、これ程雄弁に喋ったことは珍しい。 私はつくづく五万円という金の偉力に驚嘆した。 私は其都度形容する煩を避けたが、松村がこの苦心談をしている間の、嬉し相な様というものは、全く見物であった。 彼ははしたなく喜ぶ顔を見せまいとして、大いに努力して居った様であるが、努めても、努めても、腹の底から込み上げて来る、何とも云えぬ嬉し相な笑顔は隠すことが出来なかった。 話の間々にニヤリと洩(も)らす、その形容のし様もない、狂気の様な笑いは、私は寧ろ凄いと思った。 併し、昔千両の富籤に当って発狂した貧乏人があったという話もあるのだから、松村が五万円に狂喜するのは決して無理ではなかった。 私はこの喜びがいつまでも続けかしと願った。 松村の為にそれを願った。 だが、私には、どうすることも出来ぬ一つの事実があった。 止めようにも止めることの出来ない笑いが爆発した。 私は笑うんじゃないと自分自身を叱(しか)りつけたけれども、私の中の、小さな悪戯好きの悪魔が、そんなことには閉口たれないで私をくすぐった。 私は一段と高い声で、最もおかしい笑劇を見ている人の様に笑った。 松村はあっけにとられて、笑い転ける私を見ていた。 そして、一寸変なものにぶっつかった様な顔をして云った。
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